観音様の眼

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竹本繁夫
金融問題研究家

竹本さんのブログ「腐ったお金の借り方」

このブログは竹本繁夫さん”MoSSan”のブログで、金融コンサルタントとしての立場から過去の職務経験と体験談を通して、現代の金融問題を浮き彫りにされています。

当マイクロサンガの主催者のひとりであり優れた見識をお持ちの方です。

生きた観音様のひとりであります。

 

 

 


 

常足庵
常足庵

常足庵備忘録

このブログは石橋慈念さんのブログで、曹洞宗常足庵の住職として、仏教の真髄、永平寺を開かれた道元禅師の教えをわかりやすく伝えておられます。僧侶になる方法も教えておられますので、出家されたい方の善き参考になると存じます。御自身の体験から学ばれた深い見識と行動力、実践にはただただ脱帽であります。

生きた観音様のひとりであります。

 

 


曹洞宗
曹洞宗

曹洞宗のホームページ

私山田正道は曹洞宗の僧侶(宗侶)です。

曹洞宗は釈迦牟尼仏を本尊とし、大本山永平寺を開かれた道元禅師(承陽大師)と大本山總持寺を開かれた瑩山禅師(常済大師)を両祖(高祖・太祖)と仰ぐ禅宗の一つであります。

禅は「単に示す」と書きます。

単純明快のことを「端的」と申します。

 

 


 

ティク・ナット・ハン師
ティク・ナット・ハン師

マインドフルネスの教え

ティク・ナット・ハン師は、ベトナム出身の禅僧で世界中にマインドフルネスを教え広められた偉大な功労者であります。

いまやマインドフルネスの効果は科学的にも実証されており、さまざまな機関でこれを活用する取り組みが進められております。

わたしが最も尊敬するひとりであり、生きた観音さまそのものであります。

 

 


 

宮崎禅師
故 栴崖奕保禅師さま

宮崎奕保禅師との出会いがなければ、わたしは出家しておりません。

在家のときに永平寺でお会いして親しくお言葉をいただき、在家のままで得度授戒していただきました大恩人です。

永徳正瑩という戒名をいただき「お釈迦様から数えて八十八代目になる、まこと、まっすぐということや」と小さな声でしたが腹に響く声でした。

わたしの佛法(真如)の父です。


 

わたしにとっての観音様は、わたしの中に生きている私以外の方々であります。父や母そして敬愛してやまない多くの方々、とりわけ友や同安居(どうあんご:修行仲間の意)をはじめとする無数の方々のおかげで、わたしの今日があることは、まぎれもない事実であります。わたし以外の方にもそれぞれ無数の「お陰様」である観音様が現実に生きておられます。観音様は妙法蓮華経(法華経)では「観世音菩薩」般若波羅蜜多心経(般若心経)では「観自在菩薩」と唱え奉ります。ともにサンスクリットの Avalokiteśvara Bodhisattvaアヴァローキテーシュヴァラ・ボーディサットヴァの漢訳です。一般に解釈されている観音菩薩(観音さま)についてはウィキペディア等でお調べください。
観世音とは「世の音を観ずる」と書きます。まさに世間のあらゆる音(耳に聞こえない音を含む現象全て)を観察しているというふうに理解しております。この理解は一般的ではありませんから(典拠がないため)他では通用しませんが、わたし自身の体験(おもに坐禅や冥想)から体得したものです。いわゆる理屈ですが「ああ、観音さまってのは、その時その時の全部やなあ」といった感慨であります。
また誰の解釈だったか忘れましたが、松原泰道師がいつか観自在菩薩について「観れば自に在る菩薩かな」という話をされていました。極めて印象的で般若心経をお唱えするたびに一瞬頭をよぎります。まさに名訳であると同時にそのまんまで禅僧らしい端的を感じました。ごちゃごちゃ解説するよりよほどすっきりした名言だと存じます。
私以外の人々が私の中にある観音様であるという姿勢でおれば、どうなるでしょうか。こたえは「無害」です。観音さまは三十三相をお持ちだということです。さまざまな形で現れるという意味ですから、まさに他人というのは観音様なのだと思うことにしています。そして観音様の頭に常に掲げてあるのが、ブッダ(仏陀)であることも忘れてはおりません。
観音様の眼とは、じつに己の中にある人々の厳しくも優しいまなざしであります。
猫は死んでも愛を残す
ぢぢのブログ

正道(neko3d)の本音ブログ「猫は死んでも愛を残す」を始めました。

ねこフェチでして、ネコをみると力が抜けます。ですからなるべく見ないようにしています。そのくせネコの画像を3Dで描くのが趣味で、困ったものです、ホンマに。

このサイトでは決して書けないことも、猫ブログでは平気で本音でぶつかっていきます。

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