スッタニパータ101

第一 蛇の章

<6、破  滅>

101 「よくわかりました。おっしゃるとおりです。これが第五の破滅です。先生! 第六のものを説いてください。破滅への門は何ですか?」

〈中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より〉


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた
昨日は「うそをついてだます」ことについて述べました。明日は第六の破滅についてです。その前に、もう一度嘘について考察してみます。世の中は契約社会であり、契約は約束のことで、約束とは未来に生じる結果をあらかじめ予測し、互いの信義に基づいて、誠実にこれを守る取り決めといえます。
ところが、未来のことは誰にもわからないという事実に対する挑戦でもあるわけです。インド社会ならずとも、このような取り決めには、おのずと不履行を招く可能性があります。そこでこの不履行に対して違約条項や担保責任といったことも同時に約束しています。もし約束を破った場合には、このようにすると。しかしこれも未来における完全な担保となるわけではありません。
19歳の少年が養親である60歳代の夫婦を殺害した容疑で逮捕されました。これは最近の事件です。ご存知の方は多いと思いますが、わたしたちはこれをニュースで知って何故にと訝りますが、殺害したという事実を受け止められずに何故殺したのかという事情の方を詮索したがる傾向にあります。人それぞれに生まれてから今日までの体験・経験は全て違うという事実に対する挑戦でもあるわけです。事実に対する挑戦は、いたるところで平然と行われています。

うそをつくことは、愚かさからです。ひとをころすことは、怒りからです。おろかさといかりは猛毒中の猛毒です。仏教ではむさぼりとともに三毒と呼ばれています。これを普通の感覚で受け止めていては、大変な事実誤認につながります。なぜなら世間人間の問題はすべてこの三毒によるものであるからです。どうぞ確かめてみてください。核実験もミサイル発射も拉致問題も虐待も約束不履行も、ありとあらゆる問題がこの三毒によるものなのであるか否かを。

「破滅への門は何ですか?」と真摯に問いかけて下さい。ブッダは事実だけに光を当ててこれに応えられます。これが真実と呼ばれるものです。あとは全て妄想です。同情さえも感傷さえも感動であっても全て妄想です。意味がないことを考えたり思ったりすることは全て妄想であり、妄想を常に意識してこれを離れる。逆に、事実に注目して無常(ものごとは常に移り変わる)を常に意識して、今自らがなすべきことをなす。淡々と目の前のことをこなしていけば、なにも不安がないことをしっかりと伝えていきたいと存じます。

正道

正道 について

禅僧。 福井県敦賀市出身。 滋賀県高島市マキノ町に「大慈観音堂」建立中です。 猫好き、音好き、話好き。 モットーは「正月道路」人生は旅修行。

スッタニパータ101」への2件のフィードバック

  1. 海を眺めています。風の音をきいています。
    見ているのではありません。
    目を開けているから見えるだけです。
    耳栓をしていないから聞こえるだけです。
    それも瞬時に過去となって行きます。

    今なすべきことをやっていきます。

    1. まるでお坊さんのようなコメントですね。いや、そんじょそこいらのお坊さん顔負けの達観だと思います。瞬時に過去となる。端的です。長々と書いた記事を一蹴するかのような勢いがあります。釈迦に説法、阿弥陀に念仏、弥勒菩薩に願い事。

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