カテゴリー別アーカイブ: 竹本繁夫

一人じゃ、独り歩めんわな・・・

独り歩む、をず~っと考えています。

ふと、今更ながら気付いたことですが、独り歩むには二人必要なことです。一人と独りを今まで同義語として思い込んでいたんです。無知の故ですが・・独り歩む、初めて聞いた時は正に奈落の底へ突き落とされた気がしました。誇張でもなんでもなく、ほんまにそう思ったのです。え~っ!!一人で生きてかなあかんのかい!

ブッダが一人、独りを考え感じたかというとそうではなく、常に二人でいたように思えます。たとえその人が魔そのものであったとしても。そうでないと後世に伝わるはずがないのです。つぶやきでもなんでも誰かがいないと残らないんです。

此処に至って凡人は一人じゃ独り歩むことができないことに気付いた次第です。二人だからこそ独り歩めるのだと・・・

これは、とてつもなく自分に都合のいい妄想なのでしょうか。

ライオンの一吼え

もう四十年も前になるでしょうか、

名古屋の東山動物園に行った時のことです。二十歳前後の頃だったと思います。

それ以前も小学校の修学旅行かなんかで数回訪れていた記憶があります。猛獣のなかでもライオンというのは島のような施設で放し飼いにされていて、遠目にしか見ることができませんでした。見る度に寝そべってばかりの、だらしないというのが印象でした。狩をしなくていいライオンはあんなもんなんでしょう。えさの時だけのそっと起きて、またゴロン。(ある意味可哀想ですが)印象がそうなのですから百獣の王と呼ぶにはあまりにも貧弱に思えたものでした。

それから数年後、当時デートのメッカであった東山動物園へ、私めも時代の流れに逆らえず、いや、時代がそうさせたのでしょう、彼女と行くはめに陥ったことには誰が異を唱えられましょうや(誰も唱えん)

それはともかく、切符を買って園の中にはいるや否やすごい音を聞いてしまったのです。正にすごいとしか言いようの無い、地の底から湧き出るような、それがライオンの声だと分かるまでには数瞬間あったような気がします。映画やテレビでしか聞いたことが無かったライオンの声。おおげさに言うんではありませんが、その声に、あたりは一瞬静寂に包まれたのです。園のゲートに入ったばかりの私、私たちは、ゲートからライオン舎まではまだ大分距離があるのですが、その声におもわず手を握ることも忘れ(握っとったかもしれん)人間はもちろん、他の動物も、鳥も、草木でさえも、一瞬シ~ンです。たった一回の声でした。

やるときゃやるのがライオン。一吼えであたりを睥睨させてしまう底力。それでいて普段はのらりくらり、メスのちょっとした仕草にもびくっ。

ライオンの一吼えをどう捕らえるか、人によって雄たけびと聞くか、おぞましい声ときくか、

私は自信を持って雄たけびと断言します。

蛍の墓、節子・・・世津子

妻の一周忌を終え、今年の振り返りを投稿します。年末の投稿としては相応しくないのかもしれません。

今年、野坂昭如さんが亡くなりました。野坂さんと言えば蛍の墓が思い出されます。アニメは何度見ても涙が流れます。ある新聞の記事に野坂さんは蛍の墓と同じような体験をしたことが書いてありました。飢餓状態の兄と妹の節子、妹が亡くなる寸前にひとさじのお粥を兄が節子に食べさせるために咀嚼しているときに、兄はあまりのひもじさのために、飲み込んでしまいました。そして節子は息をしなくなった。

野坂さんにはこの実体験がずっと根底にはあった、というような記事でした。飢餓状態では仕方がない、という人もいるでしょうし、いくら飢餓状態とはいえ、という人もいるでしょう。しかし、野坂さんの思いはそんな簡単なものではなかったような気がします。

「兄ちゃん、ウチはもうええよ。ウチはもう逝くから兄ちゃん食べ」

こんな声が聞こえてきます。

奇しくも私の妻も同音の世津子。闘病中、「お父さん、私もう死ぬんやろか」「あほ!ワシが助けたる!気いしっかり持っとらんかい、そんな早よ逝かしてたまるかい!」私の真っ赤な目を見て、「あんたは正直な人やな」

そして、亡くなる一日前、「家に帰りたい、けど帰れんのやろなあ」と言いながら苦しみ出しました。モルヒネの投与です。医師は「30分に一回自動的に投与されますが、苦しみ出したらご主人、あなたがこのボタンを押して下さい。ただし、押し続けることは死期を早めることになります。」

妻の苦しむ周期が早くなってきました。私はもう30分を待たずボタンを押していました。そして、「お父さん、もういい、もう殺して!」「あほ!何をいうとんのや、しっかりせんかい!」「こんだけ言うとんのに、なんで分かってくれんの!」・・・

尊厳死・・あるとしたら、使えたら、どんだけ・・・

それからもう意識がなくなったんでしょう。子供達の手を握りながら、それこそ眠るように逝ってしまいました。

お父さん、もうええさけ、あんた食べ。

節子と世津子・・・思わずかぶってしまいました。

強い賢い友とそして一人歩む

・・・を装う

平気をずっと考えております。しかし出てくるのは、平気でおれるはずがない、今は、です。平気で居れる練習は生涯続けます。がどうしても出てくるのが「平気を装う、平気なフリをする」なんです。

自己観察をするとなんと装うこと、フリをしていることの多いことか、分かったようなフリ、すぐさまラベルを貼ります。ラベルだらけです。

装う、フリ、は虚栄、見栄なんでしょうね。捨てるものの上位。

平気を装う、フリをする、は分類が非常に難しく頭を悩ましながらとりあえずラベルを貼っております。

 

うかつなことは・・・

この前のライブでの話ですわ。演奏の前に挨拶がてらなんか話せなあかん思い、「実はこのライブをやる前に亡き妻の声が頭の後ろの方から聞こえてきて、早よやれ早よやれ言うんですわ」と言うたんです。まあ冗談のつもりで、
誰かてそんなことぐらい、言うやろな思て、
五日ぐらい経ったときですわ、ある友人から「お前さん、霊がみえるんやてな、うちのかみさんやら近所の人が言うとったぞ」
ワテはもう!!!ですわ。すぐさまライブでの冗談や言いましたけどな。
こんなことでも、まことしやかに囁かれるんやなあ、うかつなことは言えんなあ、と反省した次第ですわ。

ふと思いましたんや。霊とかなんとかを信じとる人は仰山おるんやなあ、しかも身近に、妄想や思わんのやろか、ホンマにおったらやかましてしゃあないわな。賑やかでええかも知れんけど。

この投稿またイエローカードもらうんやないか思います。けどな、言わな夜も寝られんほど考えてしまいますのや。

うわっ!蛇やっ!!

とにかくものごころ着いた頃からこうですわ。誰かに教えられた言う訳でもありまへんのに、考えただけでもゾワッとなんや背筋が寒うなります。

ほんでも蛇いうもんは偉いもんでんな。愚痴も言わんし、泣いたとこなんか見たこともない。こないだなんかも一匹の蛇、車に弾かれたんやろな、ぺっちゃんこや、可哀想に、あっ、あんまり可哀想思わんのやけどな、その横もう一匹の蛇が知らん顔して通るんや、奥さんか子供かも知れんのに、そ知らん顔や、ワシやったらもう気い狂うやろなあ。

体がまた気色悪いでんな。手えも足も無いし、ほんでどこが首でどっからが胴なんかも分からんし、赤い舌ペロペロ出すし、しかも二枚舌。人間やったら嘘つき言われるで。餌喰らうときゃアホみたいに大きい口やしな。呼んでも来んし、呼びとも無いけどな。

とにかくなんの感情も見せんと我が道を行く、ちゅうのはさすがですわ。

しかしこの頃ふと思いますんや。ひょっとしたら蛇は何もかも知っとるんちゃうやろかて。人間の考えることぐらい屁えみたいなもんや、てなこと言うて鼻で笑うとるんやないやろかて。

そやないと、あないに嫌われてもそ知らん顔でのうのうとして居られるはずがないわな、それとブッダの章にあないに出てくるはずないわな。

そう考えると「なるほど」と合点がいきますのや。 続きを読む うわっ!蛇やっ!!

朝日の如く

朝日のごとく爽やかに目覚めた日は、昨日の余韻が残っていることが最大の要因。条件と言ってもいいのかも。なにかに気付く、なにかを発見する、これも過去の余韻の積み重ねとすれば、その継続が如何に大切か、継続なしでは得難いものです。
余韻は増幅されるものと薄れていくものがあります。強い印象のものは増幅され、そうでないものは忘れてしまいます。
怒りの余韻。こんなものは考えたくもありませんが、やはり残ってしまいます。なぜなんでしょう。うちの犬が隣の犬に凄い剣幕で吠えています。ナワバリを犯されたためでしょう。私が行くと何事もなかったかのようにパッとじゃれついてきます。まさに刹那の切り替えです。犬に出来てヒトにできないもの・・・余韻の切り替え・・あっ、まあ瞬時に出来る人もいますけどね。
朝は爽やかに目覚めたいものです。

もう顔見とない

Nと私は小学校からの幼なじみ。ガキ大将やった私は毎日子分を引き連れ弱いもんいじめ。今やったら親ぁ怒鳴り込んで来るよなことも当時やから許されたんやろ思います。いじめに対する罪悪感なんかなんも思わんかったんです。Nは嫌われもんやったけど妙に馬が合うちゅうのか、そんな奴、誰でも一人くらいおりますやろ?つるんで悪さば〜っかりしとりましたんや。あっ、二人とも勉強かてよう出来ましたんやで。
ほんで五年生の時やった思うけど、私にとって衝撃的な、人生を変えたと言うてもええ程の事件が起こりましたんや。
昼休みの時間にNらとドッジボールをしてましたんや。Nはスポーツも万能、そのNがボールを後ろにそらしましたんや。Nは腹いせにあろうことか後ろで見ていた女の子の顔にボールを思い切りぶつけてしもたんですわ。女の子は思い切り転倒。
その女の子というのは重度身障者、小児麻痺の子なんです。B男先生が見ておって飛んで来てNを突き飛ばし、「なんということするんや!」そらもう激怒ですわ。
その時私はB男先生が泣いておられるのを見てしもたんです。
その時私の頭ん中のなんかが変わったような気がしたんですわ。
その後Nは相変わらずなんですが、私は遊びの中の弱いもんいじめがおもろない、とでも言うたらええんでしょうか、変な話ですが本気で弱いもんイジメが出来ん様になってしもたんです。ほんでもガキ大将の座を取られんために適度な悪さはしてましたんやけどな。
中学、高校とNとはようつるんでましたんや。酒、タバコ、麻雀、バイク、成人映画、ナンパ、パンツだけはよう取らんかったんですけどね。
大学はそれぞれ違うんですが、夏冬休みのバイトはよく一緒にしました。大概建設現場、日当がええもんですからね。
ある日の仕事で建設現場所長の引越し手伝い、がありました。大阪十三です。午前中に仕事を終え、昼日中から酒飲んで、ストリップ見て、特急の食堂車でアホほどまた飲んで、売り子さんに絡んでドンチャン騒ぎし、車掌にこっぴどく叱られ、T駅前でまたしたたか飲んで、飲酒運転で帰り、あくる日現場事務所で出張費用を酒代込みで請求したら、お前らアホか言われたのも若さ青さゆえのええ思い出ですわ。
Nとは大学卒業とともに音信不通となり、風の便りに聞こえて来たのは、K市でコンパニオン派遣業を手広くやっとるとのこと。まああいつらしいわと思っておりました。
二年前のことなんですが、Nが自宅に帰っとる言うんです。突然。それも喉頭癌で顔が倍ほども腫れてしかも余命いくばくもないとのこと。会いにいくかどうしよか迷っとったら、ある日Nから電話があったんですわ。「来てくれるな、おめーにはもう会いとうない。もう顔見とない」
それから二週間程後いっほてしまいました。精一杯の強がりやったんかな思います。
薄情なようなんですが、寂しいとか悲しいとかいう感情は正直湧いて来ません。二十代に別れたきりなもんで。悪いヤツやったなあ。反面教師やったなあ。おおきに。

なんで腹立つんやろ

なんで腹立つんやろ、と考えたら思い通りに、自分に都合のええようにならんからやないかとふと思いました。他人の都合のええことが自分の都合に合致しないと反発し、増幅されやがては腹が立つにつながるんやな。それも一瞬で。ほんなら自分に都合のええことをちょっとにすれば腹たたんのかと言えばそうでもなく、いや、自分の都合をちょっとに出来るハズもなく、やっぱり腹立つ自分に腹を立て。

守られているという錯覚

何かの団体に所属しているとそこに守られていると思ってしまいます。それが宗教なら尚更。役職、ランク付け、人を救うことになる、もちろん自分も、あの手この手で、出会えたことの意義さえ感じるようになってしまいます。脱け出すことは容易ではありません。邪念という言葉で。
錯覚などと言おうものなら涙まで使って。
身近にいます。ただ黙って見つめるだけしかありません。 続きを読む 守られているという錯覚