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スッタニパータ109

第一 蛇の章

<6、破  滅>

109 「よくわかりました。おっしゃるとおりです。これが第九の破滅です。先生! 第十のものを説いてください。破滅への門は何ですか?」

〈中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より〉


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた
一昨日は、ブッダの入滅いわゆる涅槃会(ねはんえ)でありました。私どもの寺では旧暦というか月遅れの三月に涅槃会の法要を修行いたします。
私たちの曹洞宗では、「遺教経」(ゆいきょうぎょう)正式には「仏垂般涅槃略説教誡経」(ぶっしはつねはんりゃくせつきょうかいきょう)や妙法蓮華経如来寿量品をお唱えします。この遺教経は枕経でも読まれますが、かんたんに申せばお釈迦さまの遺言であります。これとは別に南伝では大般涅槃経、漢訳では遊行経の中にある「大いなる死」の一節を次に掲げます。
ブッダ釈尊の最後の様子であります。

大いなる死

増谷文雄 「阿含経典による仏教の根本聖典」より

南伝 長部経典  一六 大般涅槃経

漢訳 長阿含経 二ー四 遊 行 経

    三

また世尊は、比丘たちにむかって、かように言った。

「また比丘たちよ、あるいはなんじらの中に、なお仏(ブッダ)につき、あるいは法(ダンマ)につき、あるいは僧伽(サンガ)につき、あるいは実践の方法について、なんぞ疑いや惑いのあるものがあるやも知れぬ。比丘たちよ、もししかるならば、問うがよい。のちにいたって、『われらは、師に面接していたのに、問うことができなかった。』との悔いをあらしめてはならぬ。」

かく言われたが、比丘たちはみな黙っていた。世尊は二たび、そして三たび促された。だが、比丘たちはいぜんとして、黙然としていた。世尊はさらに言った。

「比丘たちよ、なんじらはあるいは、如来を尊崇するが故に、問わないのかも知れない。比丘たちよ、それではいけない。友人が友人に尋ねる心持ちで問うがよい。」

そのように言われても、比丘たちはみな黙っていた。その時、アーナンダが、かように世尊に申し上げた。

「世尊よ、まことに不思議であり、稀有なことである。世尊よ、いまや一人の比丘も、仏につき、また法につき、また僧伽につき、あるいはまた実践の方法について、疑いや惑いのあるものはない、と信ぜられます。」

そこで世尊は、比丘たちに言った。

「では、比丘たちよ、わたしはなんじらに言おう。『すべてのものは壊法(えほう)である。放逸(おこた)ることなく精進するがよい』と。」

これが世尊の最後の言葉であった。


 

 

 

 

 

 

いずれが勝者なる

 

かようにわたしは聞いた。

ある時、世尊は、ラージャガハ(王舎城)の竹林なる栗鼠養餌所にあられた。その頃、阿修羅とよばれる婆羅門の一人の弟子が、世尊に帰依し、世尊のもとにおいて出家した。かの婆羅門は、そのことを知って、心はなはだ喜ばず、怒って、世尊を訪れ、はげしい悪語をもって、世尊を罵詈し、誹謗した。だが世尊はただ黙していた。

そこで、かの婆羅門は、世尊に言った。

「沙門(しゃもん)よ、なんじは負けたのだ。沙門よ、わたしは勝ったのだ」

すると世尊は、偈(げ)をもって、

このように答えていった。

「雑言と悪語とを語って、

愚かなる者は勝てりと言う。

されど、まことの勝利は、

堪忍を知る人のものである。

忿(いか)るものに忿りかえすは、

悪しきことと知るがよい。

忿るものに忿りかえさぬ者は、

二つの勝利を得るのである。

他人(ひと)のいかれるを知って、

正念におのれを静める人は、

よくおのれに勝つとともに、

また他人に勝つのである」

かくのごとく説かれて、かの婆羅門もまた、世尊に帰依し、世尊のもとにおいて出家し、ひとり静処に住して、不放逸に、熱心に精勤して、ついに出家の目的を達し、阿羅漢の一人となることを得た。

南伝 相応部経典 7、3 阿修羅王

漢訳 雑阿含経 42、1153


かつて経の編者たちが称えたてまつった仏陀の道を、今日もまた、私どもは、賞賛し、帰依したてまつって、その行履(あんり)に随いたいと念ずる。しかるに、その教えが、言語のゆえをもって、人々のまえに閉ざされているとしたらならば、その障礙の克服のために努めることは、私どもこの道を学ぶものの一つの責務でなければならないと思う。

〈増谷文雄 阿含経典による仏教の根本聖典より〉
自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた

増谷先生もまた最古層の仏典研究に取り組まれた方であり、阿含部に属する経典を中心にものされております。中村元先生、増谷文雄先生をはじめとして多くの仏典研究学者のおかげで原始仏典を身近に拝読することができます。過去の先師方が、出逢うことがなかったかもしれないブッダの言葉、仏教の根源的な部分に触れながら、深い感慨を覚えると同時に日々の不精進を恥じ入るばかりであります。

 

 

如来は道を教える

かようにわたしは聞いた。

ある時、世尊は、サーヴァッティー(舎衛城)の東園、鹿母(ろくも)講堂に止住しておられた。その時、算数家なるモッガラーナ(目犍連)という婆羅門が、世尊を訪れてきた。二人は喜びにみちた挨拶を交わして、さて婆羅門は問うて言った。

「世尊よ、たとえば私がこの鹿母講堂にまいるにも、順にたどるべき道があった。また私どもの専門とする算数においても、順を追うての教え方がある。それと同じように、世尊よ、世尊の教えにおいても、順を追うての学ぶ道というものが設けられてあろうか」

「婆羅門よ、わが教えにおいても、順を追うての学があり、道がある。たとえば、巧みなる調馬師は、よき馬を得て、まず頭(かしら)を正しくする調御(ちょうぎょ)をなし、ついでさらに、さまざまの調御を加えるように、私も、まさに御すべき人を得ると、まず最初にかように調御するのである。『なんじ比丘(びく)よ、なんじはすべからくまず戒を具する者とならねばならぬ。律儀をまもり、微罪をもおそれ、よく心して学処(がくしょ)を学ばねばならぬ』と。

彼が正しく戒を具する者となると、さらに私は調御を加える。『なんじ比丘よ、なんじはもろもろの根(こん)において門を守らねばならぬ。眼をもって物を見ても、その相(すがた)に捉われてはならぬ。この眼のはたらきを制しなかったならば、むさぼり、愁い、その他さまざまの有罪、不善の心のうごきが起こるであろうから、これを制することに専心せねばならぬ。その他、耳をもって声を聞くにも、鼻をもって香をかぐにも、舌をもって味わうにも、ないしは、こころをもって了別するにも、また同じである』と。

彼が正しくもろもろの根を制する者となると、私はさらにまた調御を加える。『なんじ比丘よ、なんじは食において、量を知らねばならぬ。正しい考え方をもって食をとらねばならぬ。なぐさみのため、栄華のためにしてはならぬ。まさに、この身の支持のため、聖なる修行をたもちうるために、せねばならぬ』と。

彼が正しく食の量を知るにいたれば、私はさらに進んで調御を加える。『なんじ比丘よ、なんじは覚めるにも寝るにも、正しく修せねばならぬ。昼は経行(きんひん)と坐禅(ざぜん)によって、もろもろの心のおおいを去り、心を清くたもたねばならぬ。夜のはじめには、また経行と坐禅によって、心の清浄をたもち、夜のなかごろには、右脇を下にし、獅子のごとく臥し、夜のおわりには、また起きいでて経行と坐禅により、もろもろの心のおおいを払いさって、心を清くせねばならぬ』と。

この修行ができると、私はさらに、彼に正念(しょうねん)と正知(しょうち)を成就することを命じる。『なんじ比丘よ、なんじは往くにも還るにも、大小便をするにも、正知をもって作(な)さねばならぬ。飲むにも食うにも、大小便をするにも、起つにも坐るにも、語るにも黙するにも、正知をもってせねばならぬと』と。

この修行が成就すると、私はそこで、独り空閑処(くうかんじょ)に坐して修行することを命じる。彼は、あるいは森中、あるいは樹下、あるいは山上、あるいは洞窟、あるいは墓地をえらんで、ただひとり、結跏して身を正し、念を正しうして坐する。そこで彼は、貪欲を断ち、瞋恚(しんに)を断ち、惛眠(こんみん:心のはたらきにぶく眠りを催すこと)を払い、掉悔(じょうげ:心おちつきなく、行いで悔いること)を去り、疑念をぬぐい、かくて心のおおいものを去り、智をもって煩悩の力をおさえ、もろもろの執着と不善を離れて、しだいに無上安穏の境地にいたるのである」

世尊がかように説かれるのを聞いて、婆羅門は、かさねて世尊にたずねて言った。

「では、いかがであろうか。かように教え導かれた世尊の弟子たちは、みなよく涅槃(ねはん)を得るであろうか。それとも、得ないものもあるであろうか」

「婆羅門よ、それについて、いまわたしからなんじに問いたいことがある。婆羅門よ、なんじはラージャガハ(王舎城)にいたる道を知っているか」

「世尊よ、私はよく知っている」

「では婆羅門よ、これをどう考えるか。ここにひとりの人があり、ラージャガハに行こうとして、なんじのもとに来たって、その道をたずねたとせよ。そのときなんじは、彼に語って言うであろう『君よ、この道がラージャガハに通じている。これをしばらく行きたまえ。しばらく行くと、かくかくの名の村がある。それをまたしばらく行きたまえ。しばらくすると、かくかくの名の町がある。それをまたしばらく行きたまえ。するとやがて、ラージャガハの美しい園や森や池が見えてくる』と。かように教えられて、あるものは安全にラージャガハに到るが、あるものは道をまちがえ、あらぬ方に行くこともあろう。婆羅門よ、正しくラージャガハは存し、ラージャガハにいたる道があり、なんじが導者としてあるのに、いかなる理由によって、ある者は安全にラージャガハにいたり、ある者はあやまれる道を、あらぬ方に行くのであろうか」

「世尊よ、それをわたしがどうすることができようか。私は道を教えるだけである」

「婆羅門よ、その通りである。涅槃は正しく存し、涅槃にいたる道があり、私は導師としてあり、しかも、わが弟子の中には、あるものは涅槃にいたることを得、またある者はいたることを得ないが、それを、婆羅門よ、わたしがどうするということができようか。婆羅門よ、如来はただ道を教えるのである」

南伝 中部経典 107 算数家目犍連経

漢訳 中阿含経 144 算数目犍連経

〈増谷文雄 阿含経典による仏教の根本聖典より〉


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた

このお経にブッダの弟子が修行する順序と内容が含まれています。

またブッダのスタンスが明瞭に述べられております。

このように原始仏典は対話形式で示されることが多いです。

仏教の全体像をつかむのに格好のお経ではないでしょうか。