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スッタニパータ568

第三 大いなる章

〈七、セーラ〉

セーラ・バラモンは仲間とともに師のもとで出家して、完全な戒律かいりつを受けた。
ときに、結髪の行者ケーニヤは、その夜が過ぎてから、自分のいおりで味のよい硬軟こうなんの食物を用意させて、師に時の来たことを告げて、「ゴータマ(ブッダ)さま。時間です。食事の用意ができました」と言った。そこで師は午前中に内衣を着け、重衣をきて、鉢を手にとって、結髪の行者ケーニヤの庵におもむいた。そうして、修行僧のつどいとともに、あらかじめもうけられた席についた。それから結髪の行者ケーニヤは、ブッダを初め修行僧らに、手ずから、味のよい硬軟の食物を給仕きゅうじして、満足させ、あくまでもてなした。そこで結髪の行者ケーニヤは、師が食事を終り鉢から手を離したときに、みずから一つの低い座を占めて、傍らに坐した。そうして結髪の行者ケーニヤに、師は次の詩を以て、喜びの意を表した。──

568 火への供養くよう祭祀さいしのうちで最上のものである。サーヴィトリー〔讃歌〕はヴェーダの詩句のうちで最上のものである。王は人間のうちでは最上の者である。大洋は、諸河川のうちで最上のものである。

中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた
この詩のうちの諸句は、諸仏典(Mahāvagga Ⅵ,35,8;Mahāvastu Ⅲ,246,7ff.)、ジャイナ教聖典(Utt.ⅩⅩⅤ,16)、『バガヴァッド・ギーター』(第一〇編第二三詩以下)に対応文が存する。

火への供養――バラモン教では、神聖な火を燃やして、その中に穀類やバターなどを投じて、神に献ずる。

サーヴィトリー――第四五七詩に対する註記参照。

サーヴィトリー……は最上のものである――Bh G.X,35;Sn.457 参照。

王は人間のうちでは最上の者である――Bh G.X,27 参照。

大洋――sāgara.漢訳仏典では「海」と訳されるが、インドでは海洋のみならず、大河、大湖水をもこの語で呼んでいる。第七二〇詩参照。

大洋は……最上のものである――Bh G.X,24 参照。

以上註記より引用しました。

 

スッタニパータ457

第三 大いなる章

〈4.スンダリカ・バーラドヴァージャ〉

457「バラモンはバラモンと出会ったときには、『あなたはバラモンではあられませんか?』とたずねるものです。」

「もしもあなたがみずからバラモンであるというならば、バラモンでないわたしに答えなさい。わたしは、あなたに三句二十四字より成るかのサーヴィトリー讃歌のことをたずねます。」

中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた
サーヴィトリー――Sāvitri.『リグ・ヴェーダ』第三編第六二詩篇の一〇にある三句二十四字より成る詩で、太陽神サヴィトリSāvitrに対する讃歌である。この讃歌は普通はGāyatriと称せられ、特に重要な讃歌である。バラモンたちのあいだでは殊に神聖視され、今日に至るまでバラモンは毎朝この詩をとなえている。「サーヴィトリーはヴェーダの詩句のうちで最上のものである」(中略)。ところが仏教は、サーヴィトリーに相当するものとしての別の文句をもち出した。このサーヴィトリー詩と同様に、仏教徒が最初に学ぶべきものは
Buddhaṃ saraṇaṃ gacchāmi.(仏に帰依したてまつる)
Dhammaṃ saraṇaṃ gacchāmi.(法に帰依したてまつる)
Saṃghaṃ saraṇaṃ gacchāmi.(つどいに帰依したてまつる)
という三句二十四文字よりなる三帰依文である。今ここでサーヴィトリ―というのは、仏教のサーヴィトリ―である三帰依文を指す、と註釈は解する。
 
以上註記より引用した。

ぶっだん さらなん がっちゃーみ (南無帰依仏)

だんまん さらなん がっちゃーみ (南無帰依法)

さんがん さらなん がっちゃーみ (南無帰依僧)

仏陀(ブッダ)と達磨(ダンマ)と僧伽(サンガ)に帰依する三帰依文(さんきえもん)ですが、三宝に帰依する内容です。世界中の仏教徒の集まりで唱和することが多いですから覚えておくとよいと思います。

今日の詩句の内容は、ブッダの前の詩句を受けて、スンダリカ・バーラドヴァージャさんが行った返答とそれに続いてのブッダの再返答です。少しややこしく感じられるかもしれませんが、バラモンの特に重要視している讃歌を「三句二十四字」と端的に言い表したことで、スンダリカさんの態度が一変します。日本的にいえば、「三帰依とは何か」と返答したようなものでしょう。信教の本質に見事に迫ったのであります。以後の問答はスンダリカさんの質問にブッダが一つ一つ答えるのでありますが、この問答の内容が一人のバラモンを根本から変えていきます。

達磨(理法)というものが、ブッダによって説かれ、その教えを実行する者の集いがサンガであります。この基本的な道理によって仏教というものが成り立っています。昨日ある禅宗のお坊さんから連絡を頂きました。話の中身が明確で、ともに力を合わせていこうという仕儀に相成りました。これからどうなるかは皆目わかりませんが、残された人生を静かに歩み続けたいと思います。

「バラモンはバラモンと出会ったときには、『あなたはバラモンではあられませんか?』とたずねるものです。」「もしもあなたがみずからバラモンであるというならば、バラモンでないわたしに答えなさい。わたしは、あなたに三句二十四字より成るかのサーヴィトリー讃歌のことをたずねます。」