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スッタニパータ623

第三 大いなる章

〈九、ヴァーセッタ〉

623 罪がないの罵られ、なぐられ、拘されるのを堪え忍び、忍耐の力あり、心の猛き人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。

中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた
『ダンマパダ』第三九九詩に同じ。

罪がないのに――aduṭṭho. パーリ文註解に akuddhamānaso とあり、また註解文の前後の文脈から見てナーラダ長老は「怒ることなく」と訳している。

拘禁――akkosaṃ vadhabandhañ ca. これは古代東部インド語の対格複数形であるかもしれない(Luders:Beobachtungen,§216,S.150)。

 以上註記より引用した。

釈尊十大弟子の一人で説法第一とされる富桜那ふるな尊者(サンスクリットでプールナ、パーリでプンナ)には次のような逸話があります。

ある時、富桜那尊者は釈尊のもとを訪れ布教の旅に出たいと申し出ました。
釈尊が「何処に説法に行くのか」と尋ねますと、尊者は「西の彼方のスナーパランタ国」だと申しました。

スナーパランタ国の人々は気性が荒いと聞いていた釈尊は、そこで尊者にその覚悟を問いました。

「罵られ、辱しめを受けるかも知れない。」
「殴らないのだから善い人だと思います。」

「殴られたらどうするのか。」
「棒で叩かれないのだから善い人だと思います。」

「棒で叩かれたらどうするのか。」
「刃物で切られないのだから善い人だと思います。」

「刃物で殺されてしまったらどうするのか。」
「世の中には自ら死を選ぶ人もいます。苦しみから殺してくれと願っている人もいるでしょう。その時には私を悩みから救ってくれた善い人だと思うことでしょう。」

釈尊はこの覚悟を聞いて富桜那尊者を送り出し、尊者は見事に西の彼方での布教を成功させたといいます。

怒らないこと

この富楼那尊者の話は、仏教徒が一度は耳にする話です。私たちの大乗菩薩戒でも「不瞋恚戒ふしんにかい」と申して、どのようなことがあっても、怒りを鎮めることと教えられています。お坊さんで怒る者は、まずこの戒を破ることになるわけです。ところがこれがなかなかよく保てないのです。何故でしょうか。ここが教えを実行しているかどうかの判断基準になります。

逆に申し上げます。ブッダが本詩で説かれているように、どのような仕打ちを受けても、ただ耐え忍ぶことが出来る勇者は、さとった人であるということです。真のバラモンと賞賛されるのです。怒りや悲しみを大いなる慈しみで抱きしめることが出来れば人間としての完成であります。

スッタニパータ621

第三 大いなる章

〈九、ヴァーセッタ〉

621 すべての束縛そくばくち切り、おそれることなく、執著を超越して、とらわれることのない人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。

中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた

 

スッタニパータ595

第三 大いなる章

〈九、ヴァーセッタ〉

595 三ヴェーダに説かれていることがらを、われわれは完全に知っています。われわれはヴェーダの語句と文法とに精通し、ェーダ読誦どくじゅについては師に等しいのです。

中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた
ヴェーダ読誦――註にしたがって解した(jappe ti vede.Pj.)。

以上註記より引用しました。

ヴェーダはこれまで何度も出てまいりましたが、バラモン教の聖典であり当時の最高権威の経典といえましょう。この聖典に精通しております、と自己アピールしているぐらいですから、実際に研鑽を重ねたのでしょうし、自信もあったのでしょう。師匠と比肩できるとまで豪語しております。経典に精通している、学問として完璧に身につけている、儀式作法にも抜かりはない。そうしたバラモンとして自他共に認める二人でありますと、ブッダに自己紹介されています。

論語読みの論語知らず

という言葉があります。この二人がヴェーダ読みのヴェーダ知らずとは申しません。経典読みの経典知らずなどと揶揄するものでもありません。かれらはバラモンとは一体何者であるのかということを求めていた真摯な青年たちでありました。

生れも育ちも良い彼らが、高等教育を受けて何不自由なく育った彼らは、純粋に求めていたのです。この求める気持ちは大事な機縁であります。どこかに不安があったのでしょう。これで良いのかしらんという一抹の不安があったことは確かです。ブッダのところへ出向いたのもそうした動機からでしょう。仏教においても全く同様なことがいえます。仏教学に精通し、法要儀式を体得した者であっても、どこかしら不安を抱えています。これでいいのかと。

 

スッタニパータ529

第三 大いなる章

〈6.サビヤ〉

529 師が答えた、「サビヤよ、道の人ならびにバラモンどもの有するすべてのヴェーダを弁別して、一切の感受したものに対する貪りを離れ、
一切の感受を超えている人、──かれは〈ヴェーダの達人〉である。

中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた

ヴェーダとは、釈尊以前に、すなわち紀元前1000年頃から同500年頃までの間に編纂されたインドのバラモン教の聖典であります。当時における最高権威の経典といえるでしょう。インド神話、インド哲学の源流でもあり、一口にヴェーダと申しましてもその意味する範囲は広く、概念的には「神聖なる不可侵の教え」であったことでありましょう。そうしたヴェーダが既に道の人(修行者・沙門)やバラモン(神職・宗教祭祀者)に浸透していて、これを修行の基盤として、これを宗教の規範として、当時の社会の秩序が保たれていました。誰もが伝統宗教に異を唱えることなく、またこれを疑うことなく、その聖典解釈においても厳密な更正が繰り返されたとされます。現代においても過去の文献を論説の典拠とすることが取り決められているようなものであります。ところが釈尊在世当時、すなわち紀元前500年頃に、このヴェーダに対して様々な論客が現れたわけです。新たな主義主張が打ち出され、あるいはまた様々な宗教指導者が出現しました。ブッダ釈尊も歴史学的にはその一人であります。そうした大前提に立って、本詩を読み解きたいと思います。

一切の感受したものに対する貪りから離れる

原語ではsabbavedanāsu、一切の感受したものにおいて。vītarāgo、貪りから離れる。これは、全ての感覚器官から入ってきた情報を処理する過程において、すなわちあらゆる刺激に対し自らの反応に気づき、これに執着しないことであります。貪りというのは欲望であり執著であります。一切の感受を超えるとは、決して我慢することでも辛抱することでもありません。欲しがらないでもなく、目をそむけることでもありません。何を見ても聞いても感じても、心に動揺というものがない。憂いもなく淋しさもない。誤魔化すことのない清らかな眼であります。感受した感覚そのもの、眼に見えるもの、耳に聞こえるもの、鼻腔に感じる匂い、舌に感じる味覚、身に触れる感触、意(こころ)に浮かぶ思い。それらを感受していることだけであることに目覚めるのであります。それ以上は全て余計であります。絵画でいえば写実に似ています。温度に対して暑いとか寒いとか思わないことです。感じたままであって、感想を述べないことでもあります。言葉を重ねれば良いというものでもありません。感受を超えるとしか言いようがありません。普通の言葉に置き換えれば「何も考えない」ということです。宮崎禅師様は「何か考えたら、それは余計や」と端的に申されました。

ヴェーダの達人

今日の結論は、感受を超えた人が、聖典を巧みに実践している人、つまり聖典の達人であると述べられているのです。これには、サビヤさん、愕然としたことでしょう。なにしろあの膨大な一生かかっても読破することさえ出来ない聖典を、たった一言で喝破さたのです。「感覚を貪るな、超えろ」と。

散る桜残る桜も散る桜(大愚良寛)

この句は故郷であった越後の地で遷化された良寛和尚の辞世の句とされています。しかしながらそもそも道人にとって辞世というのは遺偈(ゆいげ)と申しまして通常漢詩で残すのが通例ですから、どうもこの俳句は良寛さんの辞世の句というのは一寸違うなあと思います。それはともかく、この句の素晴らしいのは、俳句とはこうあるべきというより、ありのままを詠んでいるところです。この句の意味を考えるからおかしくなる。意味も何も、桜の花が散っていく。残っている桜の花も散るのだと事実だけを述べています。これが俳句や短歌の醍醐味でしょう。仏教と俳句には密接な関係があるのでは?これもまた余計な考えですね。

師が答えた、「サビヤよ、道の人ならびにバラモンどもの有するすべてのヴェーダを弁別して、一切の感受したものに対する貪りを離れ、
一切の感受を超えている人、──かれは〈ヴェーダの達人〉である。

スッタニパータ463

第三 大いなる章

〈4.スンダリカ・バーラドヴァージャ〉

463 真実もてみずから制し、(諸々の感官を)慎しみ、ヴェーダの奥義に達し、清らかな行いを修めた人、──そのような人にこそ適当な時に供物をささげよ。──バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。

中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた
ヴェーダの奥義に達し――vedantagu.叙事詩にも同様の語がある(Vedapāraga,MBh.Ⅻ,243,8)。

以上註記より引用した。

真理を知って自己を制し、感覚による反応を慎んで、聖典の奥義であるところの「清らかな行い」を修行している人に、適宜、供え物をささげなさい。もし貴方が、功徳を求めて祭祀を行うのであれば。

功徳を求めて祭祀を行う

これから幾つか同じフレーズが続きます。それはこの「バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば」というリフレインです。お経はこのリフレインというのでしょうか、繰り返し同じ文句をしばしば使って、耳に慣れるよう工夫してあるように思います。なにしろ紙に書いて残すというようなことをしなかった。つまり口承、口伝でありましたから、絶対に間違わない必要があって、また重要なポイントでもあったのです。

われわれ僧侶がお経を唱えた直後に、回向というものを行います。これはお経を唱えた功徳を何に対して回向するか、つまり功徳を振り向けるかということです。たいていは自分のために回向するなどということはありません。誰かの功徳、それはご先祖さんだったり、ご家族であったりするわけです。もちろんご本尊やその他の仏菩薩、祖師、歴代住職、檀家各家先祖代々に回向するのは毎日の日課です。

ようするに何がしかの功徳を求めているわけです。それが勤めだといえばそれまでですが、かんたんにいえば功績を讃えている。これ自体が功徳です。尊敬をし、感謝をしている報恩の行いです。祭祀といった仰々しいものを行わなくても良さそうなものですが、花を立て燭を灯し蜜湯やお茶お菓子などを供えて勤めます。朝課、晩課はもちろん法事法要はすべからく功徳を求めて行うものです。

ところが、ブッダはどうもそういうことを全部肯定しているとは思えません。どこか方向性が違うよと、当時のバラモンであったスンダリカさんに説くのです。そうした雰囲気がこの詩からうかがえます。それが「真実もて自ら制し、慎しみ、ヴェーダの奥義に達し、清らかな行いを修めた人」を冒頭に述べられたのです。

そのような人にこそ供物を

はっきりいってしまえば、「清らかな行いを修めた人」にこそ供物を捧げるべきだと断言されているのです。つまりブッダやブッダの教えを実践して修行している人に、食べ物を捧げなさいと大変やわらかく断言しています。托鉢に修行僧がやってきたら、彼らは自分で食べ物を買うことができないから、供養してあげてほしいといった意味も含まれているように思います。

真理を知り自己を制し慎む

ここに修行の全容を端的に述べられています。まず正しく知ることから、そして自己を制御する。清らかな行いとは何かということを暗に問いかけておられます。ますます更に聞きたくなるように言葉を巧みに使っておられます。お見事というより他ありません。

ほとほとと寒の戻りやホトトギス(月路)

一日置きに寒かったり暖かかったりで、風邪を引いてしまいそうです。鼻水が出てくるような寒さをこらえながら法要の準備に余念がありません。これが済んだら、あれをして、ああこれもせんならん。ほとほと後回しの性分に手を焼いています。たしか去年の春にはホトトギスが鳴いていました。北陸は雪だろうなと思いながらチラチラまた降ってきそうですが、時おり日差しがあり、有り難いことだと。

昨日三時間ほどかけて、無料ホームページとやらでお寺のホームページを作りました。写真を並べただけですが一度御覧くださいませ。→禅龍寺

真実もてみずから制し、(諸々の感官を)慎しみ、ヴェーダの奥義に達し、清らかな行いを修めた人、──そのような人にこそ適当な時に供物をささげよ。──バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。

スッタニパータ457

第三 大いなる章

〈4.スンダリカ・バーラドヴァージャ〉

457「バラモンはバラモンと出会ったときには、『あなたはバラモンではあられませんか?』とたずねるものです。」

「もしもあなたがみずからバラモンであるというならば、バラモンでないわたしに答えなさい。わたしは、あなたに三句二十四字より成るかのサーヴィトリー讃歌のことをたずねます。」

中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた
サーヴィトリー――Sāvitri.『リグ・ヴェーダ』第三編第六二詩篇の一〇にある三句二十四字より成る詩で、太陽神サヴィトリSāvitrに対する讃歌である。この讃歌は普通はGāyatriと称せられ、特に重要な讃歌である。バラモンたちのあいだでは殊に神聖視され、今日に至るまでバラモンは毎朝この詩をとなえている。「サーヴィトリーはヴェーダの詩句のうちで最上のものである」(中略)。ところが仏教は、サーヴィトリーに相当するものとしての別の文句をもち出した。このサーヴィトリー詩と同様に、仏教徒が最初に学ぶべきものは
Buddhaṃ saraṇaṃ gacchāmi.(仏に帰依したてまつる)
Dhammaṃ saraṇaṃ gacchāmi.(法に帰依したてまつる)
Saṃghaṃ saraṇaṃ gacchāmi.(つどいに帰依したてまつる)
という三句二十四文字よりなる三帰依文である。今ここでサーヴィトリ―というのは、仏教のサーヴィトリ―である三帰依文を指す、と註釈は解する。
 
以上註記より引用した。

ぶっだん さらなん がっちゃーみ (南無帰依仏)

だんまん さらなん がっちゃーみ (南無帰依法)

さんがん さらなん がっちゃーみ (南無帰依僧)

仏陀(ブッダ)と達磨(ダンマ)と僧伽(サンガ)に帰依する三帰依文(さんきえもん)ですが、三宝に帰依する内容です。世界中の仏教徒の集まりで唱和することが多いですから覚えておくとよいと思います。

今日の詩句の内容は、ブッダの前の詩句を受けて、スンダリカ・バーラドヴァージャさんが行った返答とそれに続いてのブッダの再返答です。少しややこしく感じられるかもしれませんが、バラモンの特に重要視している讃歌を「三句二十四字」と端的に言い表したことで、スンダリカさんの態度が一変します。日本的にいえば、「三帰依とは何か」と返答したようなものでしょう。信教の本質に見事に迫ったのであります。以後の問答はスンダリカさんの質問にブッダが一つ一つ答えるのでありますが、この問答の内容が一人のバラモンを根本から変えていきます。

達磨(理法)というものが、ブッダによって説かれ、その教えを実行する者の集いがサンガであります。この基本的な道理によって仏教というものが成り立っています。昨日ある禅宗のお坊さんから連絡を頂きました。話の中身が明確で、ともに力を合わせていこうという仕儀に相成りました。これからどうなるかは皆目わかりませんが、残された人生を静かに歩み続けたいと思います。

「バラモンはバラモンと出会ったときには、『あなたはバラモンではあられませんか?』とたずねるものです。」「もしもあなたがみずからバラモンであるというならば、バラモンでないわたしに答えなさい。わたしは、あなたに三句二十四字より成るかのサーヴィトリー讃歌のことをたずねます。」

スッタニパータ428

第三 大いなる章

〈2.つとめはげむこと〉

428 あなたがヴェーダ学生としての清らかな行いをなし、聖火に供物をささげてこそ、多くの功徳を積むことができる。(苦行に)つとめはげんだところで、何になろうか。

中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた
あなたがヴェーダ学生としての清らかな行いをなし……――ここでは独身の学生として師のもとでヴェーダ聖典を学習する第一の時期と、次に家に帰ってから結婚して家長となり祭祀を司る第二の時期とに言及している。いずれもバラモン教の律法書に規定されていることであり、その規定を守るべきことを、ここで悪魔が勧めているのである。
 
供物――火を燃やして、その中に牛乳、油、粥などをそそいで火神を祭ることをいう。
  
以上註記より引用した。

ナムチは手強い。この詩句で悪魔ナムチが説いているのは、当時のバラモンのあるべき姿そのものです。これは四住期と呼ばれるアーシュラマ(āsrama)の前半の学生期と家住期について述べたものです。現代日本で言えば、神職や僧侶の学校で勉強し、つぎに神社や寺院に戻ってそれぞれの祭祀を勤めなさい、それが多くの功徳を積むことになりますと従来からの規定を守っていくことを強く勧めています。

また、坐禅や様々な苦行に励んだところで、それが何になるのかと常套文句で迫ります。よく言うではありませんか。心のこもった供え物をしてありがたい儀式を行って祈祷しているほうがよほど人々の心の安寧になる。人はそれを聖職者に望んでいるのだから、それが君の仕事なんだから、黙って先輩の言うとおりにしておればいいのだよ、と。お叱りを受けるのを覚悟で、ややひねくれて申し上げておりますが、それが世間の常識であり、修行者からすれば、悪魔ナムチのことばです。

初の付く 言葉に飽きて 三が日 (月路)

自分のために修行(坐禅)をする。これもまた観念であります。ブッダのこころを突き動かしたものは、そういう世間並みの修行ごっこではありません。使命感。これもまた違います。こんな気概では、おそらく六年も七年も一刻もたじろがず修行し続けることなど到底無理であったことでしょう。では何か。これが今日のテーマだと思います。出離あるいは解脱という言葉で説明するほかないのですが、この世のどうでもよいことに囚われている世間と自分、この世のどうでもよいことに拘っている世間と自身に、気がついたのであります。

テレビでもネットでも世間の人々や社会を観ていると、朧気ながらその輪郭が見えてまいります。あまりにも妄想を繰り広げ、執著に執著を繰り返している現状をつぶさに観て、飛び出した。抜け出した。脱出した。では何をしたのかといえば、猛烈な修行だった。解脱したい。純粋にそう願った。シンプルにこの世から脱出したい。それは当時の求道者に共通する目標でありました。現代もそうです。あらゆる観念から逃れて精神世界に身を委ねたいと願う純粋な若者がたくさんいます。なかには、あまりにも純粋に考え過ぎて自ら命を断つ人さえいます。命をも顧みない。そんな純粋な人々がいるのです。

彼らを死なせてはならない。真理というものを知れば、死なないで済みます。彼らの流した涙は七つの海の水よりもはるかに多い。真理を得たい。これは当時においても競争でした。ブッダ在世当時、幾人もの賢者が現われます。その賢者の頂点に立った者、それがブッダその人でありました。超人だと思います。あれから二千五百年。ブッダの教えが続いてきたことがその証拠です。明日は悪魔ナムチの最後通牒であります。ご期待下さい。

あなたがヴェーダ学生としての清らかな行いをなし、聖火に供物をささげてこそ、多くの功徳を積むことができる。(苦行に)つとめはげんだところで、何になろうか。

スッタニパータ418

第三 大いなる章

〈1.出家〉

418 かのクシャトリヤ(王)は、車に乗って行けるところまで車を駆り、車から下りて、徒歩で赴いて、かれに近づいて坐した。

中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた
車で行けるところまで車を駆り、あとは徒歩で登って行ったというのは、今日でも王舎城の周囲の山々についてそのままあてはまることである。今日でも麓までは自動車で行くことができるが、ある地点から先は徒歩で登らねばならない。

以上註記より引用した。

釈尊より五歳若かったとされるビンビサーラ王ですが、相手は一修行者であり、こちらは一国の王様であります。王の治めていたマガダ国は破竹の勢いで勢力を拡大しつつありました。王自ら出向いて傍らに座るなどということは当時でも異例のことであったでしょう。

昨日は天皇誕生日でした。わが娘の誕生日でもあるので殊の外おもいがあります。お言葉を聴きながら、なんと神々しいのであろうかと率直に思いました。一般参賀にも例年より多くの方が集まりました。「王法不思議、仏法と対座す」。日本の王様である天皇は、インドで言えばクシャトリアといえるでしょう。祭式を行い国民の安寧を祈られておられるのですから、バラモンというべきかもしれません。ともかく日本の象徴として輝いております。

神と佛。日本では最初に神がいまし、ついで日本に仏教が伝わるとたちまちにして仏教が国教となりました。これは紛れもない事実であります。聖徳太子の十七条憲法の第一条はむろん「和をもって貴しとなす」ですが、第二条には「篤く三宝を敬え」と続きます。日本では古来より神仏を仰ぎ、何の矛盾もなくこれを踏襲しております。今日はクリスマスイブ。キリスト教をも包含するかのような寛容性が日本の風土にはあります。まさに和をもって貴しとなしているのであります。それは足し算の「和」であります。

「和」を「なごみ」と呼びます。平和というのは、平素から和合している状態を指すのであるといわれます。どのような腹立たしいことがあっても、柔和であるということです。何をも受け入れる寛容性。天皇が神々しく輝くのは、この和みを実践されておれれるからでありましょう。

昭和天皇の御歌に「身はいかになるとも 戦(いくさ)止(とど)めけり ただ倒れゆく民を思いて」とあります。マッカーサー元帥と並んで撮られた写真をみるとき、胸が張り裂けそうになります。昭和から平成へと時代は移りましたが、この年号ひとつとっても、民の幸せを願う心が込められているように思えてなりません。これが慈悲でなくてなんでありましょうか。よき国に生まれ、よき年を重ね、よき人と出会う。今の幸せを感謝いたしております。

かのクシャトリヤ(王)は、車に乗って行けるところまで車を駆り、車から下りて、徒歩で赴いて、かれに近づいて坐した。

スッタニパータ284

第二 小なる章

〈7、バラモンにふさわしいこと〉

わたしが聞いたところによると、──あるとき尊き師(ブッダ)はサーヴァッティー市のジェータ林、〈孤独な人々に食を給する長者〉の園におられた。そのときコーサラ国に住む、多くの、大富豪であるバラモンたち──かれらは老いて、年長け、老いぼれて、年を重ね、老齢に達していたが──は師のおられるところに近づいた。そうして師と会釈した。喜ばしい思い出に関する挨拶のことばを交したのち、かれらは傍らに坐した。
そこで大富豪であるバラモンたちは師に言った、「ゴータマ(ブッダ)さま。そもそも今のバラモンは昔のバラモンたちの守っていたバラモンの定めにしたがっているでしょうか?」〔師は答えた〕、「バラモンたちよ。今のバラモンたちは昔のバラモンたちの守ったバラモンの法に従ってはいない。」「では、ゴータマさまは、昔のバラモンたちの守ったバラモンの法をわれらに話してください。──もしもゴータマさまにお差支えがなければ。」「では、バラモンたちよ、お聞きなさい、よく注意なさい。わたしは話してあげましょう。」「どうぞ」と、大富豪であるバラモンたちは、師に答えた。
師は次のことを告げた。──

284 昔の仙人たちは自己をつつしむ苦行者であった。かれらは五種の欲望の対象をすてて、自己の(真実の)理想を行なった。

〈中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より〉


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた
バラモンにふさわしいこと――この教えについては漢訳『中阿含経』第一五六経、梵波羅延経(大正蔵、一巻、六七八頁上以下)参照。最後の散文の部分は、「大いなる章」の第五の終り(一〇五―一〇六頁)と同じ内容である。

ここでは、真のバラモンとなることを教えているのである。「仏教徒」となることを教えているのではない。これは、仏教の発展の最初期の段階の教えだからである。

大富豪であるバラモンたち――その原語 brahumana mahasala は、直訳すると「大きな家屋のあるバラモンたち」の意。しかし財産のあることを意味する(jatiya brahmana mahasarataya mahasala,yesam kira nidahitva thapitam yeva asitikotisamkham dhanam atthi,te mahasala ti vuccanti.)。

昔のバラモンたちの守っていた――poranam brahmanam.
284 欲望の対象――kamaguna.第一七一詩に対する註記参照。

以上註より一部省略して引用した。

ブッダは仏教の開祖、創始者とされていますが、ブッダには新しい宗教を興すなどという野望を持ちあわせているはずもなく、ただ自らの覚ったことを当時の社会における常識や現状の中で教えを説かれたものです。当時のバラモン教社会の現状は、さしずめ現在の仏教社会の現状に酷似しているのかもしれません。当時のインドにはむろん仏教徒などはいないのですから、バラモン教徒について語るしかないのであります。註記にもありますように、真のバラモンとなることを教えているのであって「仏教徒」となることを教えているのではありません。これは、仏教創成の最初期の段階だからであります。

昔の仙人(バラモン)たちは自己をつつしむ苦行者であった――今のバラモンは、とても仙人と呼べないので昔の仙人という表現になっています。ここで重要なことは、自己をつつしむ苦行者であったことです。今のバラモンたちは自己を慎まない宗教儀式専門家であると断じておられるのです。こう申し上げると、どこかの国の職業僧侶を指しているとは思われませんでしょうか。嫌味ではなく現実のありのまま、事実として申し上げているのです。

五種の欲望の対象を捨てて、自己の理想を行った。――苦行の中身は煩悩を捨てることと自らが真実と信じるところ(本心)に従い理想を行う、つまりは真理の実践であります。教えの中身を実行していたので、自己を慎む苦行者たりえたのです。つまるところ尊敬に値する人々であり仙人の名に恥じない方々であったと述べられておられます。ブラフマン(梵天)に仕える祭祀者は清浄な道を歩んでおられたからこそでありました。日本に置き換えると神主さんたちが神に仕える奉仕者であるとともに清廉潔白であったように、あるいは僧侶が法要儀式を行いつつ清貧であり托鉢による生活で支えていたように、本分を忘れていないことが最低の条件でありました。いつの時代も神仏の近くに住むものが堕落しては世の中の不興を買うばかりか、社会がおかしくなる元凶ともなります。

この節のお話は決して昔話ではないことを強調しておきたいと存じます。まさに耳に痛い話であり、吾がこととして心すべき仏道の大前提であります。道元禅師様はこれを「学道はすべからく貧なるべし」と説かれております。宮崎禅師は、お師匠さまである小塩誾童(こしおぎんどう)老師について「いつも小僧と同じものを食べて、誰よりもはよう起きて坐禅しよる。偉い人やったなあ」と述懐されておりました。

昔の仙人たちは自己をつつしむ苦行者であった。かれらは五種の欲望の対象をすてて、自己の(真実の)理想を行なった。

スッタニパータ190

第一 蛇の章

<10、アーラヴァカという神霊>

190 [神霊いわく、──]「いまやわたしは、どうして道の人、バラモンどもに広く問う要がありましょうか。わたしは今日<来世のためになること>を覚り得たのですから。

〈中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より〉


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた

ブッダは、人間や神霊(天上)の後生を否定しておりません。輪廻転生といいますが「来世」に憂いのないため、つまり死後のことをあれこれ心配しなくて良いための「四種の徳」を身につけることを諭されたのです。これは決して脅しではありませんし、気休めでもありません。透徹した眼で真理を覚り得たことを、惜しげなく、握りしめることなく開陳されたのであります。

ただ疑いやすいものたちは、この真理を捻じ曲げて伝えているかもしれません。この世界を貫く摂理として、因果応報というものを確認しておきましょう。まずほとんどの人びとは転生します。地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の六つの道(あの世)を六道といい、この六道を色々と回ることを六道輪廻と後世には説かれることになりますが、ブッダは具体的には言及していません。善と悪のそれぞれの道があると申されているのです。

だれもが心配なことを、四種の徳を常に意識して生活していれば何の憂いもないと断言されています。ですから神霊たちは安心して、他のどのような善知識(道の人・バラモン)に聞くものですか、とブッダに答えるのでありました。確かめてみれば解るのですが、この四種の徳は実によく纏められています。皆様もどうか様々な善い徳を具体的に当てはめて確かめられることをお勧めいたします。

「いまやわたしは、どうして道の人、バラモンどもに広く問う要がありましょうか。わたしは今日<来世のためになること>を覚り得たのですから。