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スッタニパータ562

第三 大いなる章

〈七、セーラ〉

562(セーラは弟子どもに告げていった)、──「きみたちよ。まなこある人の語るところを聞け。かれは(煩悩の)矢を断った人であり、偉大なたけき人である。あたかも、獅子ししが林の中でえるようなものである。

中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた

獅子吼ししく」については何度かこのブログでも取り上げてきましたが、これほど明瞭に獅子吼について説かれているのは本詩が最初でありましょう。後世の仏典の典拠がここにもあります。

この詩句での重要なポイントは二点あります。その第一点は「眼ある人」第二点は「矢を断った人」です。順をおって確認しておきましょう。

まず眼とは何かということです。両眼でないことは明らかです。これを心眼と解すると途端に迷路に入ってしまいます。訳がわからなくなります。そうではなくして、正法眼蔵のことです。本来は仏法の端的な、すなわち肝心要の事柄を意味するとされています。道元禅師様の著作のタイトルに使われた禅家の心印でもありますが、ここでの眼は本来の正法眼蔵の意であります。簡単にいうと眼とは一番大事なことです。眼ある人とは、じつに一番肝心なことを知っている人ということ、つまり真理を知っている人ということです。

次の「矢を断った人」は決して忘れてはならないほど大事な話です。ここは目を皿のようにしてしっかりと聞いて下さい。煩悩の本質です。悪魔の正体です。今日このブログを見逃した人は、一生知らないで後悔することになります。さっと読み飛ばしてしまうほど愚かなことはありません。よろしいでしょうか。このことを知っていれば、清らかな境地に一歩も二歩も近づきます。

矢のように瞬時に刺さる煩悩

結論から申しますと、脳の働きの最も大きな部分です。現代的にいえば、そうなります。誰にでも脳はあります。様々な身体の働きを制御している中枢です。その脳の働きの中で、悪魔、敵ともいえる攻撃神経が実際に存在します。それは瞬間瞬間に間断なく襲ってくる神経回路です。これを抽象的に欲望とか妄想とか執著とか傲慢さとか勝手に名付けていますが、これは一言でいえば、矢なのです。自分を煽ったり、傷つけたり、落ち込ませたり、喜怒哀楽の元凶であります。この得体の知れない実際に沸き起こる感情を「煩悩」と呼んだだけなのです。

この矢は普通、断つことは出来ません。寝ている最中にも攻撃してきますから、夜熟睡できないのです。夜に熟睡できないでいるとどうなるか。これは科学的にも証明されていますが、認知症の原因物質が脳から排出しにくくなるのです。よろしいでしょうか。認知症になりたくなければ、この矢を断つ努力が必要です。

ブッダは単に結跏趺坐して瞑想していたわけではありません。何も考えないというのは、半端な努力じゃないのです。頭に降りかかる火の粉を払うがごとく、何も考えない時間を日課とする必要があるのです。よく坐禅を始めた人がいう科白ですが「色んなことが頭に浮かんできまして、中々無念無想とはまいりません」。当り前です。正常な人は先程申し上げた「攻撃神経」に気づくはずです。矢でも鉄砲でもいいんですが、それこそ矢継ぎ早にやってくる「煩悩」の火を消すしかないのです。

消し方は、ただ一つです。呼吸に意識を向けるだけです。一息一息しかないことがお分り頂けましたか。この火を妄想と呼ぶのが一番実態に近いでしょう。全て頭に浮かんでくることは、妄想と決めつけて良いのです。妄想なんですから。攻撃神経という悪魔の放った矢を片っ端から断つ。これが坐禅の実際です。昨日坐禅を始めた人も悟りを得た高僧も、やっていることは全く同じです。これ以外ありません。やるかやらないかだけです。寝ている場合じゃないのです。

(セーラは弟子どもに告げていった)、──「きみたちよ。まなこある人の語るところを聞け。かれは(煩悩の)矢を断った人であり、偉大なたけき人である。あたかも、獅子ししが林の中でえるようなものである。

 

スッタニパータ449

第三 大いなる章

〈2.つとめはげむこと〉

449 悲しみにうちしおれた悪魔の脇から、琵琶がパタッと落ちた。ついで、かの夜叉は意気消沈してそこに消え失せた。

中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた
夜叉――yakkha.ここでは悪魔のことをいう。

以上註記より引用した。

この詩句が本節の最後を締めくくります。精勤(精励)経と呼ばれるこのお経は、修行の本質を解りやすく今に伝えています。

悪魔の軍隊である烏たちが飛び去ったあとにナムチ(悪魔)だけが一人残ります。かれはブッダの側近くにいました。いつもつきまとっていたのです。その彼が一番大事にしていたものが琵琶でした。奈良の正倉院にもインドが発祥とされる四弦の琵琶が残っております。雅楽にも琵琶がありまして、その音色は哀愁のこもった、それは幽微な音色であり、いつまでも響くように感じられるのでございます。

かれナムチは、何よりも大切なその琵琶をいつも脇にかかえていたのですが、ふと、その琵琶を落としてしまいます。それからその場すなわちブッダのそばに消えてしまいました。このことが何を意味しているのかが大変重要な点であろうと存じます。

最後の一戦を勝ち抜くこと

あらゆる悪を討ち滅ぼし自己に勝利したブッダでしたが、最後に残ったものが只一つだけありました。それが何であるかといえば、自己にある主観であります。主観というのは客観に対する主観の意味ではありません。到達した境地のことです。すなわちブッダ釈尊に限っていえば悟りの中身です。仏教は仏陀の悟りの内容を伝える教えではありません。悟りを開かれたと一般に表現しますように、さとりを開放されたのです。

さとりの深淵な中身を人に伝えるのが目的ではなかったと気付き、その結論であるところの精励であること、その他じっさいに人々に役に立つ方法そのものを教えられたのです。真理をそのまま言葉で伝えることはできません。またそれは意味が無いのです。知識を教えたのではなく、智慧を教えられたということです。

中村元先生は、「琵琶がパタッと落ちた」と訳されています。はたと気づかれたのではないでしょうか。握りしめているものや、つかんで離さないものを離すのは並大抵なことではありませんが、ふと力が抜けたときに、あっさり手放すことができるものです。

ナムチの強力な心髄は、まさしくこの最後の執着であるところの主観でありました。自らの信念といってもいいでしょう。あふれるほどの自己の見解の中でも、ひときわ光り輝く中心的コア(核)の部分、自己を自己足らしめている本質の部分を、簡単に捨てられるかどうかであります。戒経、戒めの経の最後にいわく・・・

他の人は自らの主観にとらわれ、しがみつき、捨てられないでいるが、私たちは自らの主観にとらわれることなく、しがみつくことなく、簡単にそれらを捨てられる。このように戒めることができます。

ここにブッダ御自身の中にいたナムチは完全に消滅したのであります。これがブッダ釈尊の降魔成道の最後の瞬間でありました。

最後の戦い

悲しみにうちしおれた悪魔の脇から、琵琶がパタッと落ちた。ついで、かの夜叉は意気消沈してそこに消え失せた。

スッタニパータ447

第三 大いなる章

〈2.つとめはげむこと〉

447 烏(からす)が脂肪の色をした岩石の周囲をめぐって『ここに柔かいものが見つかるだろうか?味のよいものがあるだろうか?』といって飛び廻ったようなものである。

中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた

烏――黒魔すなわち悪魔ナムチのことを指しています。
脂肪の色をした岩石――黄色い肌をしたブッダ釈尊のことです。
柔らかいもの、味の良いもの――黒魔にとっての好ましいものは修行者の隙きです。これほど美味なるものはないのです。釈尊が修行をやめること、あるいは修行を怠ることを待っていたのですが、釈尊の周りをぐるぐる廻って窺っておりましたが、ついに隙きをみせることがなかった。岩石のように堅いところばかりであったという譬喩であります。

黄色い肌が黄金のように輝く

脂肪の色は普通黄色だそうです。解剖した人がそう言っていますから、多分間違いないでしょう。黒いカラスと黄色い修行者。今でもお坊さんの掛ける袈裟は基本的に黄色です。曹洞宗では黒衣・木蘭(こくえ・もくらん)が正装です。この木蘭色(もくらんじき)が脂肪の色といえばこじつけですが、純色ではなく壊色(えじき)といいまして、少し濁ったような、黄金の生地のようにも見えたりします。それはともかく、ブッダはインド北部の出身ですから、褐色の肌であったと思います。いつも外に居られますから、明るい褐色のイメージです。脂肪の色とはリアルな表現です。鳥葬というのがありますが、息絶えれば鳥に食べられる。そんな風に想像します。とにかく黄金のように輝いた人に鳥やカラスは嘴が立たないのでありました。

絶え間なく気をつけていること

「気づきを絶やさない」という表現があります。日本語としては少し違和感がありますが、上座部あたりではよく使われています。頭から否定はしませんが、sati(サティ)というのは気をつけるという意味で漢訳では「念」ということを度々申し上げています。念には念を入れるというふうに使いますが、念仏の念でもあり、仏教と切っても切れない言葉であります。ところが、この念に観をつけると観念となります。言葉から受ける刺激、語感と言ってもいいのですが、言葉から受ける感覚です。

昨日もある言葉をある人から投げ掛けられました。それも人前で。昔の私なら直ぐに反応して言い返したり怒ったりしたことと思います。ところが、どうしたわけか妙に腹が立ちません。歳のせいでしょうか。いや、これは違う。何だろうとしばらく考えました。するとわかったのですが、この感覚は言葉にできません。色々と頭の引き出しから適当な言葉を探すのですが出てまいりません。言葉にできない感覚というのは有りますね。うまくいえませんが、何を今更と思われるかもしれませんが、なんともいえない、超軽い感覚とでも言っておきましょうか。なにしろ人の言うことに反感をもち、一々反応するのが馬鹿らしいというか、そうした処世術、テクニックを身に付けたというのもどこか違います。うーん、わかりません。

わかりませんが、念という言葉には大いに助かっています。「念念勿生疑」(ねんねんもっしょうぎ)という観音経の一節があります。これは少しの疑いも持つなかれといった意味でありますが、疑いというものが人間のDNAには流れています。生存本能ですし、なくてはならない概念であるとは思います。それをすっかり取り除きなさい。とこう言われている。信じなさいではないのです。決して疑わない。でもありません。疑いが生じることはやむをえない。やむを得ないが、そこをよくよく考えて乗り越えなさい。念念勿生疑。頭をポンと叩かれれば、確かにその瞬間に痛みが生じます。それを痛いと感じる。ここまでは致し方ない。この後が肝心です。その直後に行う言動にこそ気をつけねばなりません。

刺激に対する反応に気をつける

心構え。便利な言葉です。これだけで多くの言葉を包含できる結論ですが、これは練習をしていないと咄嗟のときに間に合いません。観念で終わってしまうのです。いつも気をつけている。常在戦場といいます。常に臨戦態勢。防衛軍が必要であります。鉄砲玉が打ち込まれたら玉を取り出す。矢に射抜かれたら矢を抜くのが先です。こうした教えは山ほどあるのに、耳だけが大きくなって、ダンボ。実行しなかったら教えの意味がありません。これは自分に言い聞かせています。外部からの刺激に対して鈍感になることもその一つですが、処世術も大事かもしれませんが、もっと大切なことは「気をつける」習慣でありましょう。

結跏趺坐して坐っていると、夏ならば蚊にさされ、冬ならば隙間風に身震いすることがあります。そうしたときの心の反応。念念勿生疑。動揺しないこと。うまく言えませんが、こうした不断の努力が重要であることだけは、少しだけお伝えできます。

子供時分に 成りたし夢の 叶たり (月路)

見切り千両、無欲万両と申します。娑婆の仕事をやめて、仏門に入ったことは正解でした。人前で法話をさせていただいているときに、言い知れぬ喜びを感じます。口から生まれてきたような男ですが、こんなわたしの話でも聞いてくださる方がおられます。正直にいいますと小学生の頃からお坊さんになりたいと思っておりました。色んな意味で。その夢がやっと叶いました。それがどうしたと思われるでしょうが、あのまま世間の仕事を続けていたら、とっくに死んでいたと思います。まだやらなければならない義務があります。それは人様から押し付けられた義務ではなしに、自分で選んだ道であり義務であります。義務と責任のある仕事には変わりありませんが、やりがい生き甲斐死に甲斐のある仕事であると思っております。死んで死んで死んで咲く花実もあるのですから。岩の如く。

↓昔の歌はやっぱり胸を打ちますね。演歌の蒸気機関車。名曲です。

烏(からす)が脂肪の色をした岩石の周囲をめぐって『ここに柔かいものが見つかるだろうか?味のよいものがあるだろうか?』といって飛び廻ったようなものである。

スッタニパータ446

第三 大いなる章

〈2.つとめはげむこと〉

446 (悪魔はいった)、「われは七年間も尊師(ブッダ)に、一歩一歩ごとにつきまとうていた。しかもよく気をつけている正覚者には、つけこむ隙(すき)をみつけることができなかった。

中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた
つけこむ隙――otāra.ṃ.chance;fault(Mayrhofer:PaliGrammatik,Bd.Ⅱ,p.95f.)=randhaṃ vivaraṃ(Pj.p.393).

みつけることができなかった――nādhigacchissaṃ(=nādhigamiṃ.Pjp.393).ただしādhigacchissaという読みを採用すると、'he would have attained'(Mayrhofer:PaliGrammatik,Bd.Ⅱ,p.95f.)となる。

以上註記より引用した。

悪魔ナムチの敗北宣言

ナムチは正直に素直に敗北を認めます。自らの心と行いに常に気をつけているブッダには、悪魔のささやきが通用しませんでした。一歩一歩ごとにつきまとったナムチでしたが、ついに付けこむ隙間がなかったと述懐します。この敗北宣言は、後に神話的に述べられたものとは思えないほどの現実味があります。なぜならば「われは」という主語は文脈としてはもちろん悪魔ナムチのことですが、これはブッダ釈尊自身の回想でもあるからです。かれの内心に悪魔があらわれます。幾度となく甘い言葉が浮かぶのです。だれでも分かるはずです。やめる。怠り。断念。そうした言葉自体が頭に浮かぶのはやむをえません。これが悪魔の正体です。言葉によって、頭に浮かぶ言葉によって人は行為を選択するのです。悪魔の言葉に勝つか、負けるかのいずれかを選ぶことができるのであります。

正覚者ブッダの勝利宣言

私たちの妄想や執著あらゆる観念は、すべて言葉・言語で出来ています。このことは言うまでもないことかもしれません。しかしながら言葉の強さを意識しなければ観念を克服することはできません。どのような言語であれ、言葉は悪魔にも神々にもなります。言葉は凶器どころか悪魔そのものに成り得るのです。また言葉は友であり家族です。自らに励ましを与えてくれ、あるいはいたわり、あるいはなぐさめ、癒やしてくれるのも内なる言葉です。ですから譬喩としての悪魔ではなく、現実に悪魔がつねにつきまとっているわけです。六年間の修行の間はもちろん正覚者となった後の一年も、あわせて七年間を振り返ったときに、いつの時にも悪魔の言葉に動揺することがなかったと釈尊は正直に述べておられるのです。

精励ということの本質

精励、努め励むということは、結局自身の中の言葉で決まります。このことを悪魔との戦いとして表現されています。怠けを悪魔と呼んだのであります。世間一般でもよく魔が差すといいます。悪い行為は悪魔という化け物が勝手にさせたのではありません。悪い言葉の通り行動した結果であります。怠けたのは「怠け」という言葉によって怠けたのです。疲れたとか調子が悪かったというのも全て言い訳です。勝利を得るためには自身の言い訳を許さないことでしょう。朝起きられない。なすべきことを先送りにする。そうした甘えが自身の中にあるときに精励とは程遠い悪魔に敗北した姿、様子となります。

大統領 就任式の 言葉かな (月路)

日本時間の今日未明、合衆国の大統領にトランプさんが就任しました。今日からはトランプ大統領ですね。この就任式の模様をテレビで見ました。政権交代がこのように平和裏に執り行われる風景にあらためて感慨を深くします。世界では戦争を繰り返し、醜い争いどころか殺戮が日常の国や地域がまだまだ沢山あります。演説の内容や支持の割合はともかく無事に就任されたことを素直に賞賛したいと思います。関係者の努力でしょうね。これに尽きると思います。何事もなく無事であることは、努力、精励の賜物。人々に感謝を述べる大統領。言葉はいかようにもなるものです。言葉に気をつけます。

(悪魔はいった)、「われは七年間も尊師(ブッダ)に、一歩一歩ごとにつきまとうていた。しかもよく気をつけている正覚者には、つけこむ隙(すき)をみつけることができなかった。

 

スッタニパータ442

第三 大いなる章

〈2.つとめはげむこと〉

442 軍勢が四方を包囲し、悪魔が象に乗ったのを見たからには、わたくしは立ち迎えてかれらと戦おう。わたくしをこの場所から退けることなかれ。

中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた

ブッダ釈尊が坐禅している周りに旗を翻した悪魔の軍勢が取り囲みます。悪魔の総大将ナムチが王の象徴である象にまたがり勝ち誇るようにして陣触れを発します。最後の総攻撃が開始されました。

「立ち迎えて彼らと戦おう」とありますが、ここでは実際に立ち上がって戦うのではありません。一歩も退かないという意味であり決してその場を動かないという不動の決意であります。

降魔成道とは実際に何をしたのか?

降魔成道といわれるように成道に降魔という言葉がついています。この降魔は文字通り悪魔を降したという意味ですが、文献によれば触地印あるいは降魔印といって右手を地面につけている像がたくさん残っておりまして、その降魔の様子が克明に描かれています。わたしの家の仏壇にも降魔成道の釈尊像を祀ってあります。この触地印(そくちいん)ですが、なぜ地面に触れているのかが、長い間疑問でありました。いわく悪魔よ地獄に戻れ、地にひれ伏せよ、あるいは大地の神を出現させといった解説もされるのですが、いずれも神話的であり、どこか釈然としませんでした。

決してこの場を離れない不動心

その答えが「私をこの場所から退けることなかれ」という言葉でありました。結跏趺坐しながら左手を上に向け、右手を地面に触れているのは正しくこの場を退かない、すなわち誘惑に負けないことを指し示しているのではないでしょうか。やってみるとわかりますが、この釈尊の教えが身体で再現されるのです。坐禅の最中にも、ありとあらゆる妄想が襲ってまいります。その妄想を断ち切るべく、たまには触地印をいたします。神秘的ではありますが、そのとき、すっと妄想から抜け出すことができます。密教の不動明王(お不動様)はこの降魔成道の説話から象徴的に祀られていったとする説もあります。不動尊とも無動尊とも呼ばれる所以かと存じます。さりながら……

言葉の観念だけでは理解できない

仏教を学ぶにつれ、だんだんと仏教概念が頭のなかに張り付いてまいります。さまざまな仏教知識が知らず知らずのうちに思想を展開していきます。何もそれを全否定するわけではありませんが、言葉による観念で空腹を満たしていると、すぐに飽きてきたり、どこかに真理が埋もれているような気がして探し求めるようになります。答えはどこにも見つかりません。それでも師を求め、あるいは道を求めています。ところが簡単な実践を行うだけで、言葉では言い表せないような発見があるものです。やってみること。やり続けること。やり遂げること。坐禅は釈尊の成道の姿であることは申すまでもありません。

二十二年 正月中旬 かの地震 (月路)

今日は1月17日、阪神淡路大地震より22年経ちました。生まれた赤ちゃんが22歳。わたしが40歳のときのことでした。妻はもう起きていました。二階で寝ていたわたしは、あまりの衝撃に家が壊れるのではないかと、火は大丈夫かととっさに階下へよろけながら降りていきました。

地震。家が縦に揺さぶられるようでした。家族は全員無事。200キロ以上も離れた場所で震度5、震度7というのは想像を絶します。高速道路が倒れ、ビルが倒れ、火災が発生。すさまじい映像に息を飲みました。あれから22年。あれから22年が過ぎました。しみじみ、速いものです。

地震になれば誰もがじっとしてはいません。じっとしては居れないでしょう。地面が動くのですから。地響きを上げて怒涛のごとく攻めてくるナムチ軍にブッダは静かに右手を地面に触れました。その時に大地が裂けるような地震が起きたのでしょう。その大地震によって、すべてのナムチ軍が地割れの中に落ちていくなか、ただ一人、ブッダは坐禅したまま動きませんでした。動揺しなかったのです。

軍勢が四方を包囲し、悪魔が象に乗ったのを見たからには、わたくしは立ち迎えてかれらと戦おう。わたくしをこの場所から退けることなかれ。

 

スッタニパータ439

第三 大いなる章

〈2.つとめはげむこと〉

439 ナムチよ、これは汝の軍勢である。黒き魔(Kanha)の攻撃軍である。勇者でなければ、かれにうち勝つことができない。(勇者は)うち勝って楽しみを得る。

中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた
黒き魔――悪魔ナムチのこと(kaṇhadhamma-samannāgatattā Kaṇhassa Namucino…….Pj)。

以上註記より引用した。

ナムチの軍勢にすっかり滅ぼされた防衛軍の中で、果敢に戦いを挑む勇者が残っております。いつの時代にもナムチの強力な悪魔の帝国軍に、命を顧みず戦いを挑む勇者がいたからこそ、今の時代にも確かにブッダ釈尊の教えは伝えられてきました。それはお話として伝わってきた部分もあるのですが、実際に戦い続けてきた人々もたくさんおられました。彼らは命も財産も名誉も捨てて、この戦いに挑みました。勇者でなければナムチ軍には勝てないのです。ナムチという語感はどこかナチスと似ています。

ナチスは人々の熱狂的な支持を受けていました。ナムチも人々の圧倒的な支持を受けています。今のスマホゲーム全盛。昼間のカラオケやゲームセンターは老人だらけ。どこからみてもナチスならぬナムチに征服されきっているように見えるのは私だけでしょうか。

ブッダの教えを学問や趣味として学び楽しんでおられる方はたくさんおられますが、仏教を実践している人はどれだけいるでしょうか。きょうは14日です。あすは小正月、むかしは成人の日でした。大人の子供たちを尻目にいざ参らん。私事ですが、もし順調なら今日は敦賀を発って帰路についているはずです。が、命はわかりません。三日分も固めて記事を書いて予約投稿なるものにしております。

仏滅や 明日も分からぬ この命 (月路)

こうして記事を書いていると、時間の経つのを忘れます。ふと気がつけば二時間三時間過ぎているときもあります。ふつうは一記事一時間と決めているのですが、この間にもナムチの軍勢はやってきます。ナムチを意識しなければナムチに勝てるはずがありません。そんな時の呪文が「無」です。呪文と言うと勘違いされるかもしれませんが、これは坐禅のときに妄想軍がやってきますので、「無」「無」「無」「無」とやるのですが、この単純な語が意外といいのです。口に密呪なしといわれていますが、無だけなら呪文とまではいかないでしょう。モンキーシンキングを撃破する鉄砲のようなものです。もちろん声に出しません。機関銃のように「無」「無」「無」。

ナムチよ、これは汝の軍勢である。黒き魔(Kanha)の攻撃軍である。勇者でなければ、かれにうち勝つことができない。(勇者は)うち勝って楽しみを得る。

スッタニパータ431

第三 大いなる章

〈2.つとめはげむこと〉

431 わたしはその(世間の)善業を求める必要は微塵もない。悪魔は善業の功徳を求める人々にこそ語るがよい。

中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた

ブッダその人に棲んでいた悪魔ナムチは、人々が求める輪廻を目指すように執拗に勧めたのですが、ブッダは耳を貸そうとはしませんでした。人々が求める輪廻とはいうまでもなく善所に生まれ変わることです。「ええとこに参る」つまり極楽往生というものです。悪道に落ちずに天界に昇るもしくは人間界に戻ってくることを意味しています。ブッダ在世当時にもこうした輪廻思想は既に人々に敷衍しており、釈尊もそれ自体は否定されなかったと言われています。ブッダ釈尊は、その輪廻からの脱出に挑んだわけです。出離から解脱へ、そして涅槃と呼ばれる完全な自由を求めていたのです。

人間であれば、およそ誰も果たしていない未踏の地、それは輪廻という縛りからの開放であります。世界は空であります。実態はあるようで無い。無いようで有る。それは形而上の言葉で表現すれば、眼や耳などの感官によって得られる感覚によってのみ掴んでいる実態のない世界に実感をもって実在しているというようなものです。ああややこしや。そこにあるのは、パソコンやスマホの世界の中のような電子的な世界と同様に、一定の摂理によって世界が構築されており、だれか絶対的な存在が支配しているわけではなく、互いの緻密で綿密かつ膨大な無限ともいえる連鎖、ネットワーク社会の中に生きているということなのです。さらにややこしい話ですが、一言でいえば色即是空。受・想・行・識またかくの如し。

なにはともあれ多くの人は生かされているわけです。それを有難く受け取って、できるだけ善いことをして、輪廻の法則にしたがって生を全うし、心安らかに天上界に生まれ変わりましょうというのが、ナムチくんの誠心的な勧誘であります。こう書くと、非難轟々かもしれませんが、般若心経に書かれている大意は、無と空です。ナムチ君の勧誘に乗っては、またこの辛い輪廻をぐるぐる廻って、時には地獄に落ちたり、時には餓鬼や畜生に身を落としたりしながら、人間のときには喜怒哀楽。天上では極楽気分に浮かれ、ああ知らないよ。そうやって無限の連鎖社会に生きて死んでまた生きて死んでいく。

猿沢や 起きては巡る 輪廻かな (月路)

今朝は奈良のビジネスホテルにて目覚めました。善業の功徳を説くものをナムチとブッダは呼んでいます。仏教の本質は、既存の宗教観にない危険な思想だと思われるかもしれません。ここだけを切り取ったら確かにそうでしょうが、これはあくまでも輪廻からの解脱を求める修行者に対するものです。ここに述べられていることは、偽りのない真実であって、多くの人々にナムチが訪れることはありません。なぜならばナムチが囁くまでもなく、人々はその善業さえ求めようとしないのですから。

わたしはその(世間の)善業を求める必要は微塵もない。悪魔は善業の功徳を求める人々にこそ語るがよい。

スッタニパータ429

第三 大いなる章

〈2.つとめはげむこと〉

429つとめはげむ道は、行きがたく、行いがたく、達しがたい。」この詩を唱えて、悪魔は目ざめた人(ブッダ)の側に立っていた。

中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた

ナムチの最後通告は、説得力に満ち溢れています。けだし「行き難く、行い難く、達し難い」とはあっぱれな言いようであります。この「行き難く」というのは、原語でduggoですから難路つまり赴きにくいほどの意味です。ようするに努め励む道は、歩み出すことも、歩み続けることも、到達することも困難であると言っているわけです。これは一般的かつ現実的な理解といっていいでしょう。

ナムチ君は、人間の本質を充分理解しています。普通の人間はイチコロでありましょう。「精励」と口でいうのは簡単ですが、なかなかどうして出来るものではありません。彼に説得されたら私などは「その通り」と思わず膝を打っていたに違いありません。彼はブッダの傍らに立っていました。坐って修行しているゴータマ菩薩を見下ろし、どうだと言わんばかりで勝ち誇るように立っていた。そんな情景が手に取るように見えます。多くの人は自分を基準に物事をとらえます。陰口にしても面と向かって話すことも、全部自分が基準です。善いことをしようとしていても、悪いことをしていても、常に「やめておけ」なのです。自分を高い棚の上にあげて、偉そうに物知り顔で語ります。上から目線ぐらいは可愛いものですが、良い人なんて世の中にはほとんど居ないのが現実です。強いて申せば、ほんのわずか良いところもあるのが実態です。他人の悪口を言う人は、決まって付け加えます。根は悪い人間じゃないんだけどね。当り前です。根っからの悪人なんてそうざらにはいません。悪魔と呼ばれているナムチ君を見てご覧なさい。彼ほど人間らしい奴はいません。馬鹿正直者です。

今日からが 仕事初めの 世間なり (月路)

こんな記事を書いていながら言うのも変でありますが、人の悪口や陰口を聞いた時あるいは面と向かって罵倒されたときや注意されたときに感情を顔に出さないでいられる人をある意味尊敬しているのですが、鉄面皮ならともかく、ポーカーフェイスで微笑んでおられるほど人間は出来ておりません。いわゆる我慢や忍耐というものは限度があります。テメエ何様だと思ってるんだ。お互い様。だとは思いますが、何を言われても腹が立たない人間はもう人間じゃありません。腹の底では怒っているのに顔に出さないのならまだしも、この感情をコントロールする術というものを身に着けなければならないのが、昔からのわたしの課題です。

そこで効果的なのが、「こだわらない、とらわれない、カッパえびせん」という呪文です。昨日やってみました。こころの中で。何もカッパえびせんが好きなわけではないのですが、思わず心のなかで笑って済ませます。考えるまでもなく、どうでもいいことですし、他愛のない人間が相手です。ブッダには遠くおよびませんが、ナムチかキムチか知りませんが、一々反応するほどの相手ではありませんから、適当にうっちゃっておけば宜しい。虚心坦懐。こころに何のわだかまりもないこと。泰然自若。なんでもいいのです。およそ宇宙規模で考えたら塵にも満たない。永遠の時間感覚で100年もすれば、みんな骸骨。よき隣人。かわいい人ばかりです。そうやって人間やってる。友達。すべて許してしまえる。書きなぐっておりますが、だれかの参考になればと思っています。どうか、クダランことで、いまある命を捨てんで下さい。そう、こころから願っています。一おっさんより。涙。無。

♪がいこつが、まじめな顔して、こう言った。どうせ、みんなみんな、くたばって、おいらみたいになっちまうんだから、せめて、命のあるあいだ。つまらぬことにクヨクヨしないで大事に大事に使っておくれよ、一度しか無い、おまはんの命♪ 岡林信康。骸骨の歌より。

つとめはげむ道は、行きがたく、行いがたく、達しがたい。」この詩を唱えて、悪魔は目ざめた人(ブッダ)の側に立っていた。

スッタニパータ428

第三 大いなる章

〈2.つとめはげむこと〉

428 あなたがヴェーダ学生としての清らかな行いをなし、聖火に供物をささげてこそ、多くの功徳を積むことができる。(苦行に)つとめはげんだところで、何になろうか。

中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた
あなたがヴェーダ学生としての清らかな行いをなし……――ここでは独身の学生として師のもとでヴェーダ聖典を学習する第一の時期と、次に家に帰ってから結婚して家長となり祭祀を司る第二の時期とに言及している。いずれもバラモン教の律法書に規定されていることであり、その規定を守るべきことを、ここで悪魔が勧めているのである。
 
供物――火を燃やして、その中に牛乳、油、粥などをそそいで火神を祭ることをいう。
  
以上註記より引用した。

ナムチは手強い。この詩句で悪魔ナムチが説いているのは、当時のバラモンのあるべき姿そのものです。これは四住期と呼ばれるアーシュラマ(āsrama)の前半の学生期と家住期について述べたものです。現代日本で言えば、神職や僧侶の学校で勉強し、つぎに神社や寺院に戻ってそれぞれの祭祀を勤めなさい、それが多くの功徳を積むことになりますと従来からの規定を守っていくことを強く勧めています。

また、坐禅や様々な苦行に励んだところで、それが何になるのかと常套文句で迫ります。よく言うではありませんか。心のこもった供え物をしてありがたい儀式を行って祈祷しているほうがよほど人々の心の安寧になる。人はそれを聖職者に望んでいるのだから、それが君の仕事なんだから、黙って先輩の言うとおりにしておればいいのだよ、と。お叱りを受けるのを覚悟で、ややひねくれて申し上げておりますが、それが世間の常識であり、修行者からすれば、悪魔ナムチのことばです。

初の付く 言葉に飽きて 三が日 (月路)

自分のために修行(坐禅)をする。これもまた観念であります。ブッダのこころを突き動かしたものは、そういう世間並みの修行ごっこではありません。使命感。これもまた違います。こんな気概では、おそらく六年も七年も一刻もたじろがず修行し続けることなど到底無理であったことでしょう。では何か。これが今日のテーマだと思います。出離あるいは解脱という言葉で説明するほかないのですが、この世のどうでもよいことに囚われている世間と自分、この世のどうでもよいことに拘っている世間と自身に、気がついたのであります。

テレビでもネットでも世間の人々や社会を観ていると、朧気ながらその輪郭が見えてまいります。あまりにも妄想を繰り広げ、執著に執著を繰り返している現状をつぶさに観て、飛び出した。抜け出した。脱出した。では何をしたのかといえば、猛烈な修行だった。解脱したい。純粋にそう願った。シンプルにこの世から脱出したい。それは当時の求道者に共通する目標でありました。現代もそうです。あらゆる観念から逃れて精神世界に身を委ねたいと願う純粋な若者がたくさんいます。なかには、あまりにも純粋に考え過ぎて自ら命を断つ人さえいます。命をも顧みない。そんな純粋な人々がいるのです。

彼らを死なせてはならない。真理というものを知れば、死なないで済みます。彼らの流した涙は七つの海の水よりもはるかに多い。真理を得たい。これは当時においても競争でした。ブッダ在世当時、幾人もの賢者が現われます。その賢者の頂点に立った者、それがブッダその人でありました。超人だと思います。あれから二千五百年。ブッダの教えが続いてきたことがその証拠です。明日は悪魔ナムチの最後通牒であります。ご期待下さい。

あなたがヴェーダ学生としての清らかな行いをなし、聖火に供物をささげてこそ、多くの功徳を積むことができる。(苦行に)つとめはげんだところで、何になろうか。

スッタニパータ427

第三 大いなる章

〈2.つとめはげむこと〉

427 あなたが死なないで生きられる見込みは、千に一つの割合だ。きみよ、生きよ。生きたほうがよい。命があってこそ諸々の善行をなすこともできるのだ。

中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた
諸々の善行をもなすこともできるのだ――jīvaṃ puññāni kāhasi.「諸々の功徳をつむこともできるのだ」と訳することもできる。修行者にとって「善行」とは、功徳を積むことにほかならない。
  
以上註記より抜粋して引用した。

あくまでも悪魔の話でありますが、これは世間の常識でもあります。私たちは苦行者ゴータマ・シッダルタの苦行の様を見ておりませんが、伝説によると誰よりも厳しい修行を重ね、その姿は骨と皮だけのように痩せ細り死臭すらしたというのですから、それはもの凄い形相であったことでしょう。苦行像の彫刻が残っていますが、あながち誇張ではないでしょう。何しろ命をかけて修行されたのです。現在でもヒマラヤの奥地に入り極寒の中で裸で修行している行者がいます。日本でも千日回峰行に挑み達成した方もおられます。常識からすれば無謀極まりない、すぐにでも中止しなさいと進言するのが普通の考えでしょう。死んで花実が咲くものか、生きていりゃこそ、命あっての物種ではないかと考えるのが常識であり、一般的な良識とされています。

こうして見ると悪魔の言い分はもっともなことです。生きなさい。生きて功徳を積みなさい。この言葉のどこに嘘がありましょうや。現代の常識からすれば至極妥当な考えなのです。これが悪魔の言い方なら、われわれほとんどの人間が悪魔と同じ心をもっていることになります。これを悪魔と呼ぶのならば、われわれは悪魔そのもの、普通の人間は全て悪魔となります。どれほどの修行をしたのかを誇ってみても、ブッダほどの修行をされた方はいなかったとされます。単に苦行といいますが、六年間一度も休ます苦行を続けるというのは、人間業ではありません。千に一つどころか、ほとんど無理でありましょう。そんなことをしたら確実に死にます。そう考えることに何の矛盾もありません。

ところが、ゴータマ菩薩は死ななかった。何故でしょうか。悪魔の予言は外れました。何がこの苦行を続けられる理由であったのでしょうか。そして死魔はなぜ負けたのでしょうか。超常、常識を超えた能力が彼にもともと備わっていたのでしょうか。疑問は尽きませんが、氷点下以下で裸で苦行をしている人の手足の先が驚くほどの熱を帯びているとした実験報告があります。千日回峰行を遂げられた方の回想では水無しで生きていることに何の疑問も無かったといいます。子供のころにガンのため眼球を両方共切除した少年が、まるで目が見えるように動き回り、あらゆるものを感じることができる超感覚の持ち主であることも知られています。世の中には事実として不可思議なことが山ほどあるのです。

朝風呂や 二日になると 思い出す (月路)

年末の疲れがどっときて、昨日元旦は午後6時すぎに寝てしまいました。わずかに昏鐘を聴きながらその後の記憶がありません。起きたのは今朝の4時過ぎ。十時間も寝ていた勘定になります。人間寝れるものです。亡くなられた田里亦無(たざとやくむ)氏のことをふと思い出しておりました。今思えば氏の本を読んだのがきっかけでした。たしか「道元禅入門」という緑色のカバーのやたら難しい本でした。その頃は仏教に関する市販本が少なかったように思います。本屋で見つけて、貪るように読んだのを覚えています。それ以来坐禅に俄然興味をおぼえて、そうです、あの本との出会いによって今があるのかも知れません。氏によれば、布団の中で目覚めたらその場で坐禅すると良いと書かれていました。

これは確かにどこでも毎日坐禅ができます。一日も欠かさずに無理なく続けられます。氏のあとを引き継がれた法人のホームページによれば、坐禅を続けている人は三十万人に一人の割合だそうです。さもあらん。時と場所と状況にこだわるのが主な原因だと思います。朝起きます。顔を洗う前に布団の中で坐禅します。ホテルでもカプセルでも同様です。坐禅堂(僧堂)の中でする坐禅だけが正しいわけではありません。電車に乗っていても、休憩時間にでも、どこでもやろうとすればできるのが坐禅です。四六時中、行住坐臥すべてを坐禅だと思う。それは結構な考えなのですが、言っておきます。続きません。続けることに意味があります。一日も欠かさない。休まない。これがコツといえばコツ。たとえ五分でも、いや五分すれば五分の価値があります。五分間を死ぬ気で真剣に出来ない人は、今日の詩句をじっくり読み直して頂きたい。ここに答えがあります。

あなたが死なないで生きられる見込みは、千に一つの割合だ。きみよ、生きよ。生きたほうがよい。命があってこそ諸々の善行をなすこともできるのだ。