タグ別アーカイブ: 聖者

スッタニパータ566

第三 大いなる章

〈七、セーラ〉

(セーラは言った)、──「これら三百人のバラモンたちは、合掌してお願いしています。『先生! わたくしたちは、あなたのみもとで、清らかな行いを実践しましょう。』」

中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた

今日、このブログを読まれている皆さんにお尋ねいたします。このセーラさんをはじめ三百人のバラモンは、ブッダの御下で清らかな行い(梵行)を実践されましたが、さてどれほどの期間を要したと思われますか?

四年でしょうか、それとも四ヶ月でしょうか。聖者となるのに要する日数は、人によって様々であることは以前説かれておりました。ところが驚くべきことに、このセーラ師たちは、たったの七日間で全員が聖者に成られたのです。よろしいでしょうか。機が熟しておれば「直ちに」究極の境地に達するのであります。これを頓証菩提といいます。速やかに彼岸に至るということです。阿羅漢果に達するということです。

頓漸とんぜんということ

頓悟とんご漸悟ぜんご、頓証と漸証ともいいますが、一挙に悟りを得るか、徐々に悟りを得るかという昔からある区別です。結論から申し上げると、人と縁によって違うとだけ申し上げておきましょう。ブッダご自身がどちらが正解とかそういう問題提起をされていないのです。人によって様々であるとしか申されてはいません。ですからウチは頓証菩提だ、あちらは漸証だなどと議論することは馬鹿げています。

ただし、たとえブッダから直接教示を受けたとしても道としての順序、修行の順番というものはきちんとあります。一週間で教えられる内容です。このブログにおいても「ガナカ・モッガラーナ経」を全文掲げてありますので参考にしてください。修行の全容が簡潔に説かれています。証を得るまでの道筋が明確に示されているのです。またこれ以外の修行はないのです。これによって聖者となる道です。仏道というのはシンプルであることがおわかり頂けると思います。清らかな行いの具体的な内容であります。

(セーラは言った)、──「これら三百人のバラモンたちは、合掌してお願いしています。『先生! わたくしたちは、あなたのみもとで、清らかな行いを実践しましょう。』」

スッタニパータ540

第三 大いなる章

〈6.サビヤ〉

540 あなたはわたくしに疑惑のあるのを知って、わたくしの疑いをはらしてくださいました。わたくしはあなたに敬礼します。聖者よ。聖者の道の奥をきわめた人よ。心にすさみなき、太陽の末裔まつえいよ。あなたはやさしい方です。

中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた

「聖者」は、原語ではmuni(ムニ)とあります。釈迦牟尼佛の牟尼です。辞書には『聖者,仙人,修行者,隠棲者の意。通俗語源解釈によって「沈黙を守る人」と解されていた。仏教においては特に釈尊の称として用いる。』とあります。

聖者の道の奥を極めたとありますが、第五三七詩にある得べきものを得た人と同様に、修行者の目的を果たしたということです。修行者が何を目指すべきなのかを知り、その目指すところに達したということです。ここは、さっと読み進めてしまいそうですが、大変重要なことをサラリと述べておられます。第五一五詩を今一度読んでみましょう。温和な人とは「平静であり物事に動じない」ことであります。聖者の道の奥、このことを漢訳仏教では「玄」と訳しました。深淵な道理とは、文字に表せば簡単なことばですが、温和であることほど奥が深く、達しにくいものはありません。たとえ自身が殺されそうになったとしても平静であり動じないことが貫けるでしょうか。

原語ではsoratosi(温和な人・優しい人)になるのが仏教修行者の目的です。道の奥を極めるというのは、徹底して優しい人になることです。仏教は慈悲の教えと言っても過言ではありません。その目的を果たすために修行をするのです。どのように修行をすればいいかは既に説かれています。あとは実行だけです。

太陽の末裔については第四二三詩を参照して下さい。全てを照らし暖かく育てる大いなる父、大いなる母の嫡流であると釈尊は自認されました。まことに有難きことです。まことに尊敬に値する人であります。その証拠に私たちの中にも、この法の血が流れております。ご先祖様のお陰であります。この法(教え)にめぐり合えたのですから。

雨の中集金に行く坊主かな(月路)

坊さんが集金とは変に思われるかもしれませんが、護持会と申しまして、檀家さんの会の年会費を遠方の方のみお寺で集金に伺っているものです。今日は朝から雨が降り出し午後は本降りになりました。行く先々で深く感謝されます。集金に行って感謝されるというのはあまり無いのかもしれません。有り難いことです。

あなたはわたくしに疑惑のあるのを知って、わたくしの疑いをはらしてくださいました。わたくしはあなたに敬礼します。聖者よ。聖者の道の奥をきわめた人よ。心にすさみなき、太陽の末裔まつえいよ。あなたはやさしい方です。

スッタニパータ523

第三 大いなる章

〈6.サビヤ〉

523 サビヤがいった、「諸々の目ざめた人(ブッダ)は誰を〈田の勝者〉と呼ぶのですか? 何によって巧みなのですか? どうして〈賢者〉なのですか? どうして〈聖者〉と呼ばれるのですか? 先生! おたずねしますが、わたくしに説明してください。」

中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた
田の勝者――原文には khettajina とあるが、何を意味するかはっきりしない。ブラーフマナ、ウパニシャッド、叙事詩に頻繁に出てくるkṣetrajña (田を知る者)にもとづいて、仏教徒がこのように改めたのではなかろうか。つまり訛ったのである。第五二四詩の説はkṣetrajñaの原意に解することも可能である。註釈は「田」とは「十二処」のことであると解し、それを「知る」はたらきによって無明をほろぼしうるという(vijeyya=viceyya)。なお似た表現として maggajina(84)参照。

以上註記より引用しました。

 

スッタニパータ486

第三 大いなる章

〈4.スンダリカ・バーラドヴァージャ〉

486 「目ざめた人(ブッダ)であるあなたさまは、お供えの菓子を受けるにふさわしい。あなたは最上の福田であり、全世界の布施を受ける人であります。あなたにさし上げた物は、果報が大きいです。」

そこでバラモンであるスンダリカ・バーラドヴァージャは、尊き師にいった、「すばらしいことです、ゴータマ(ブッダ)さま。すばらしいことです、ゴータマさま。あたかも倒れた者を起すように、覆われたものを開くように、方角に迷った者に道を示すように、あるいは『眼ある人々は色やかたちを見るであろう』といって暗闇の中に灯火をかかげるように、ゴータマさまは種々のしかたで理法を明らかにされました。だから、わたくしはゴータマさまに帰依したてまつる。また法と修行僧のつどいに帰依したてまつる。わたくしはゴータマさまのもとで出家し、完全な戒律(具足戒)を受けたいものです。」

そこでバラモンであるスンダリカ・バーラドヴァージャは、師のもとで出家し、完全な戒律を受けた。それからまもなく、このスンダリカ・バーラドヴァージャさんは独りで他から遠ざかり、怠ることなく精励し専心していたが、まもなく、無上の清らかな行いの究極──諸々の立派な人たち(善男子)はそれを得るために正しく家を出て家なき状態に赴いたのであるが──を現世においてみずからさとり、証し、具現して、日を送った。「生まれることは尽きた。清らかな行いはすでに完成した。なすべきことをなしおえた。もはや再びこのような生存を受けることはない」とさとった。そうしてスンダリカ・バーラドヴァージャさんは聖者の一人となった。

中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた
散文 そこでバラモンである……――以下の文章は、第八二詩のあとの散文の箇所にも出てくる。そこの註解参照。

以上註記より引用した。

第八二詩ではバラモン・バーラドヴァージャとなっています。この散文は「チッチタ、チッチタ」でお馴染みですね。なつかしく思います。

 

最上の福田

今日でこの節は終ります。終りに当って結局この「献菓経」と呼ばれるお経の趣旨は、ブッダ釈尊こそが「最上の福田」であり、人々が出家するに当っては皆「ブッダの弟子」となります。そのブッダにささげる供物(菓子)とは、教えを実行するということなのです。全世界の布施を受けるということは、全世界のブッダとして、人々の献供を受けるに相応しい、まさに応供であるということです。

私たちが得度の式に参加したときに、驚くべきことが起こります。そのとき授戒師はなんと偏袒右肩の袈裟を、ブッダのみが許される通肩という掛け方にします。すなわちブッダから直接に戒を授けられるのです。受戒した得度者(発心の人)は九拝して、今度は須弥壇に登壇します。そして、今度は偏袒右肩に直した授戒師が壇上の得度者に九拝するのです。この作法が何を意味するのかは、今日のブッダの言葉、ブッダの声を聞かれた人には説明を要しないでしょう。

修証義に「衆生佛戒を受くれば、即ち諸佛の位に入る、位大覺に同うし已る、眞に是れ諸佛の子なりと」とあります。これは漢訳の梵網経盧舍那仏説菩薩心地戒品第十巻下に「衆生受佛戒。即入諸佛位。位同大覺已。真是諸佛子」から引かれた和訳です。また「過去現在未来の諸仏、共に仏と成る時は必ず釈迦牟尼仏と成るなり」とあります。まさに仏恩(ぶっとん)に報いる日々を歩みたいものです。

 雨降りて三寒四温に梅の咲く(月路)

お寺の紅梅がきれいに咲きました。さーびしかった僕のテーラに梅がさーいた♪ええもんですね。梅よ梅よ、産めよ産めよ。秋になると梅の実がたくさんできます。今年はこの梅で梅干しを漬けてみたいと思いました。約束はしませんが、たぶんしないでしょうが、梅の香りだけは届けたくて、なんと梅干しの匂いがするんです。錯覚でしょうが、梅よ増やせよ、梅の実を。

「目ざめた人(ブッダ)であるあなたさまは、お供えの菓子を受けるにふさわしい。あなたは最上の福田であり、全世界の布施を受ける人であります。あなたにさし上げた物は、果報が大きいです。」

スッタニパータ462

第三 大いなる章

〈4.スンダリカ・バーラドヴァージャ〉

462 生れを問うことなかれ。行いを問え。火は実にあらゆる薪から生ずる。賤しい家に生まれた人でも、聖者として道心堅固であり、恥を知って慎むならば高貴の人となる。

中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた
火――火は薪から生じたものであるが、サーラ樹の薪から生じた火は焼くはたらきがあるが、他の樹の薪から生じた火は焼くはたらきがない、というような区別はない。そうではなくて燃焼作用という性質があれば、どの薪から生じた火でも焼くことができる。
ところで、火(jātavedo)というこの語の原義は「生まれたものどもを知る者」という意味で、ヴェーダ聖典以来火を意味している。仏教ではその観念を受けて、「真に生れを知る者」という意味を徹底させているのである(vedajātaとの関係はなお問題である)。

以上註記より抜粋して引用した。

生れを問うことなかれ

650 生まれによって(バラモン)となるのではない。生まれによって(バラモンならざる者)となるのでもない。行為によって(バラモン)なのである。行為によって(バラモンならざる者)なのである。(→スッタニパータについて参照)

有名なスッタニパータの第六五〇詩ですが、本詩では薪から生じる火に喩えて説いておられます。これは第四五五詩でスンダリカさんが「聖火をまつり、火の祀りを行なった」とありますように火を用いた祭祀(儀式)を執り行っていたからであります。

火は別にサーラ樹の薪でなくとも「実にあらゆる薪から生ずる」のであると喝破します。それと同じように、聖者には、生れを問わず、「道心堅固であり、恥を知って慎む」行為が問われるのであると説明されています。

聖者として高貴であれ

この道心堅固(dhitīmā)は、道徳心が堅いという意味です。また恥を知って慎む(hirīnisedho)は、慚愧(ざんぎ)ということです。大般涅槃経に「慚は自ら罪を作らず、愧は他を教へてなさしめず。慚は内に自ら羞恥す、愧は発露して人に向かふ。慚は人に羞づ、愧は天に羞づ。これを慚愧と名づく」とありますように、自分にも他人にも恥を知ることです。しばしば「慚愧に堪えない」という風に使われますが、元々は慚と愧という仏教用語からきています。己を省みて羞じることなく、他に照らして恥じることのない行動が道徳心の堅い証拠となります。

高貴な人というと、どうしても生れ育ちを問いがちです。聖者といえば自分はそんな者には成れないと鼻から諦めてしまいます。ところがブッダは、生れ育ちなど関係ない。誰でも聖者としての歩みを続ければ高貴の人となるといわれます。いわば「聖者として高貴であれ」と積極的に励ましておられるのです。ここがブッダの慈悲でありましょう。今まではどうあれ今日から今からでも聖者としての道を心して進みなさい、と。道心という言葉には、単に道徳心という意味以外にも、極めて前向きな一途な求道心が込められております。

梅一番春を訪う蕾かな(月路)

梅が咲き桃が続いて桜まで。梅は一番先に咲きます。緑樹や枯れ木に白く降りかかった雪化粧の景色の中で、梅の紅はひときわ目をひきます。やはり梅の花はいいものです。寒中に凛として咲くからです。厳しい冬ももうすぐ終り。これからは日一日と本格的な春がやってまいります。垂範率先。誰よりも先に咲いて、春を呼ぶ。そうした梅のような気概をもって、今日一日をはじめたく存じます。只今午前三時半。スーパー坐禅を20分間楽しんでから、行動開始です。

生れを問うことなかれ。行いを問え。火は実にあらゆる薪から生ずる。賤しい家に生まれた人でも、聖者として道心堅固であり、恥を知って慎むならば高貴の人となる。

スッタニパータ221

第一 蛇の章
<12、聖者>
221 譬えば青頸(あおくび)の孔雀が、空を飛ぶときには、どうしても白鳥の速さに及ばないように、在家者は、世に遠ざかって林の中で瞑想する聖者・修行者に及ばない。

<蛇の章>第一 おわる

まとめの句

蛇とダニヤと[犀の]角と耕す人と、チュンダと破滅と賤しい人と、慈しみを修めることと雪山に住む者とアーラヴァカと、勝利とまた聖者と、──
これらの十二の経が「蛇の章」と言われる。

〈中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より〉


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた
青頸の――nilagiva.「孔雀の頸は、宝石で飾られた杖のようであるから、青頸と呼ばれるのである。」(中略)
「青頸」ということは、インドでは尊ばれるらしい。シヴァ神の別名は、「青頸」(Nilakantha)という。これが仏教に入って「青頸(しょうぎょう)観音」が考えられるようになった(『大悲心陀羅尼』の「のらきんじ」は、右の原語の音写である)。

以上註より引用した。

私の所属する曹洞宗では、毎日「大悲心陀羅尼(だいひしんだらに)」というお経をお唱えいたします。「ナムクカラタンノートラヤーヤー」で始まる十一面観世音菩薩に帰依するいわゆる陀羅尼経なのですが、お経の内容は最初と最後以外がシヴァ神を尊び称えるかのように「青い頸のものよ、幸いあれ」(ノラキンジハーギャラヤソモコー)といった調子なのです。サンスクリットで書かれたものを漢字で音写しさらに日本的な音読みですからスーバーハーが「そもこー」になっています。それはともかく曹洞宗では最も多く読まれるお経であります。

なにしろこのお経を百万遍唱えれば大きな功徳になるとさえ言われているぐらいです。一日に一遍ぐらいでは、100年でも365,000回ですから届きません。重要なお経であることは間違いないのですが、シヴァ神はインドのヒンドゥー教では最高の神の一で破壊を司ります。最高の神を青頸の孔雀に擬え、白鳥の速さに及ばないと結んでいます。仏教がヒンドゥー教の影響を取り入れ、いささか迎合的に信仰を広めていったのかもしれません。

インドでは仏教が衰退しヒンドゥー教が圧倒的に多いのですが、中国や日本に伝わった北伝仏教(大乗仏教)ではヒンドゥー教の影響を受けた、あるいはヒンドゥー教を取り込んだとされる部分が多いように感じられます。それは人々に分かりやすい伝え方であろうと思うのです。良い悪いではなくして科学的で哲学的さらには道徳的な原始仏教の外観に対して、信仰的な大乗仏教の外観は一般の人々に受け入れられやすいのです。

阿弥陀仏であれ観音様であれ、非常に信仰的です。神といってもいいでしょう。ただし仏教の外観はともかく、中身はブッダの教えであります。本詩のように在家者は出家者・修行者に及ばないとはっきり言えば、気に食わない人々が多くなるでしょう。原始仏典が一般人の眼に触れなくなった事情もその辺りにありそうです。

譬えば青頸(あおくび)の孔雀が、空を飛ぶときには、どうしても白鳥の速さに及ばないように、在家者は、世に遠ざかって林の中で瞑想する聖者・修行者に及ばない。

スッタニパータ220

第一 蛇の章
<12、聖者>
220 両者は住所も生活も隔っていて、等しくない。在家者は妻を養うが、善く誓戒を守る者(出家者)は何ものをもわがものとみなす執著がない。在家者は、他のものの生命を害(そこな)って、節制することがないが、聖者は自制していて、常に生命ある者を守る。

〈中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より〉


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた
両者――出家者であるビク(bhikkhu)と在家者である猟師とをいう。
住所も生活も隔っていて――(住所について)出家者である比丘は森に住み、在家者である猟師は村に住む。(生活について)比丘は村の中を戸ごとに托鉢して歩むが、猟師は森の中で鳥獣を殺す。
わがものとみなす執著がない――その原語(amama)は第四六九、四九四、四九五、七七七詩にも出てくる。同様の語は叙事詩のうちにも存する。(nirmama.猟師が宗教心を起し、我執がなくなった境地をnirmamaという。)
妻子とともにある在家の生活よりも出家の生活のほうが尊いものであると説かれる。愛欲を受ける生活は劣っている。在家の生活は煩いに逼(せ)められている。猟師と出家者とはともに森の中にいるけれども、生活が非常に異なっているということについていう。
以上註より抜粋して引用した。

本節「聖者」そして本章「蛇の章」がいよいよ大詰めとなりました。221詩からなる経集(スッタ・ニパータ)は一貫して修行者の在り方を説いています。それは単なる理想論ではなくして世間の生活に埋没して苦悩するよりも、清貧な生活が何より平安であることを如実に物語っています。煩悩とはじつに「煩わしく悩む」と書きます。夫婦・親子・兄弟姉妹間の家庭内での諍いはもとより、会社や職場あるいは友人・知人関係との軋轢に悩む人々は、次第にこの煩悩の悪循環に陥るのであります。煩わしいから悩み、悩みがより一層煩わしさを育てます。

わたしもこの悪循環である煩悩の海に溺れそうになり、病気で死を覚悟したときに残された人生を清貧に生きることを望みました。そのような時にこの「スッタニパータ」は心強い支えとなりました。そして現代の道元禅師とも仰ぐ故宮崎禅師との出会いがあったのです。禅師様は「人間は誠やね。欲は克服する術(すべ)を持たねばならん。辛抱せんならんときは辛抱しとればええのや。そして黙って真理を実行する。」と仰言られました。

ブッダは「誠実と自制と施与と忍耐」を教えておられます。当時在家者であった私にはブッダの教えと関西弁の禅師様の言葉が妙に重なって聞こえ、命の救いの言葉となったのであります。このブログに「観音様の眼」というメニューがございます。そこに禅師様の生の声を動画でアップさせて頂いております。どうぞ一度お聞きいただきたいと存じます。

「黙って真理を実行する」というのは、坐禅であれ、日常の生活であれ、口を濯ぐときは口を濯ぐことに成り切る。食事のときは食事に、作務のときは作務に成り切る。歩きのときは歩きに、寝るときには寝ることに成り切ることであります。その時その時に一息一息しかないんだという何物も添加していない自然のまま、たとえ貧しくとも貧しいままで生き切ることであります。これが実際の清貧の姿であり、「真理」の姿であります。

両者は住所も生活も隔っていて、等しくない。在家者は妻を養うが、善く誓戒を守る者(出家者)は何ものをもわがものとみなす執著がない。在家者は、他のものの生命を害(そこな)って、節制することがないが、聖者は自制していて、常に生命ある者を守る。

スッタニパータ219

第一 蛇の章
<12、聖者>

219 世間をよく理解して、最高の真理を見、激流を超え海をわたったこのような人、束縛を破って、依存することなく、煩悩の汚れのない人、──諸々の賢者は、かれを<聖者>であると知る。

〈中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より〉


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた

まずもって世間の道理を理解して、その上でブッダの教えられた真理(真如)を静かに見極めることで、煩悩の渦巻く激流の海を渡ることができます。それはすなわちあらゆる束縛を自ら破って、他人に依存することなく、煩悩によって自らを汚すことのないように日常生活を送るということであります。

この詩句の意味する処は、世間の道理に阿(おもね)ないでよく理解するというところにあると存じます。世間と仏法の乖離を肌で感じる人は多いのですが、いわゆる理想論に対しての現実論のように、それは誠にそうであるが一般社会では受け入れられないであろうと勝手に決めつける論法であります。

例え話として、お経に書かれていることは至極もっともなことだと思いつつも、たとえば慈悲の心を持ちましょうということに対して、ハエや蚊を平気で殺したり、一番お世話になっている親に対して素っ気なく対応したり、一緒に仕事している方を疎んじていたり、友達を心の中で蔑み、罵りの気持ちを持ったりすることは現実にないでありましょうか。

自分の気持ちに正直になることがもてはやされる世の中にあって、虚心坦懐にまずは自らの心をあるがままに見つめること。このあるがままは自分の都合の良いように解釈することではありません。いつも「慈しみ」の心に照らしてものごとを観察する習慣、つまり修行をする以外に方法がないのであります。

この今現在の気持ちは真理(慈しみ)に沿ったものであるのかどうか。静かに振り返る訓練をするかどうかであります。世の中はじつに脆弱であります。怠ることなく仏法を我がものにする努力、すなわち「真理を黙って実行する」ことに尽きると思う次第であります。

世間をよく理解して、最高の真理を見、激流を超え海をわたったこのような人、束縛を破って、依存することなく、煩悩の汚れのない人、──諸々の賢者は、かれを<聖者>であると知る。

スッタニパータ218

第一 蛇の章
<12、聖者>
218 婬欲の交わりを断ち、いかなるうら若き女人にも心をとどめず、驕りまたは怠りを離れ、束縛から解脱している聖者──かれを諸々の賢者は(真の)<聖者>であると知る。

〈中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より〉


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた

この詩句には解説を要しないと思います。ただブッダ在世当時は女性の出家者(尼僧)が居なかったのでこのような表現になったものと思われます。どのような若い女性に心を留めずとありますから、一瞬はとっさに心が動いたとしても直ちに離れることでありましょう。若くない女性に対しても同様でありましょう。

肝心なことは、驕りと怠りから離れて為すべきことを黙々と行うことです。昼間に横になることを慎むことであります。そうすれば自分以外の人々からの束縛から離れることができます。束縛から開放されるのを待ち望むのではなく、自分から束縛を解脱するということであります。束縛しているのは自分自身であることに気づいて縛めを説き脱け出す、あるいは脱ぎ捨てるといった方が分かりやすいかもしれません。

かれを諸々の賢者は(真の)聖者であると知る。とこの詩句についてのみ(真の)という修飾をしてありますが、聖者の中の聖者ほどの意味でありましょう。性欲や驕慢、怠惰という毒蛇はいつも私たちの身近にいて窺っております、赤い舌を出しながら、私たちの堕落を。

婬欲の交わりを断ち、いかなるうら若き女人にも心をとどめず、驕りまたは怠りを離れ、束縛から解脱している聖者──かれを諸々の賢者は真の聖者であると知る。

 

スッタニパータ217

第一 蛇の章
<12、聖者>

217 他人から与えられたもので生活し、[容器の]上の部分からの食物、中ほどからの食物、残りの食物を得ても、(食を与えてくれた人を)ほめることもなく、またおとしめて罵ることもないならば、諸々の賢者は、かれを<聖者>であると知る。

〈中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より〉


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた
上の部分からの食物――瓶から最初に取り出した食物。
中ほどからの食物――中ほどまで取り出された瓶から取り出した食物。
残りの食物――瓶の中に一匙か二匙か残っているのを取り出した食物。
おとしめて罵る――nipaccavadi (=dayakam nipatetva appiyavacanani.).
以上註より引用した。

他人から与えられたもので生活するというのは出家者の本来の姿であります。自ら生産をしないのが大原則です。托鉢(たくはつ)と申しまして朝から家々を回って食(じき)を乞うのであります。これを乞食行(こつじきぎょう)と申します。鉄鉢を片手に村々を回ると在家の方々が鉢(はつ)を満たしてくれます。これを寺に持ち帰り皆で分けて頂くのです。また着るものは布施された布を用いて三種類のお袈裟といたします。これを三衣一鉢(さんねいっぱつ)と呼んでいます。

現在の日本でも一部で托鉢は行われておりますが、ほとんど応量器という鉄鉢に因んだ漆塗りの鉢にお金を受け取ることが多いと思います。これも布施として有り難く頂戴しております。金額や食物の質と量にかかわらず黙って受け取ることが習わしです。これは食を与えてくれた方の功徳となるとされています。供養というのは供え養うと書きますが、仏道修行者に供養することは、また布施をするということは、「施与」という在家者にとっての大きな功徳になるとされているからであります。

もちろん供養、布施に値しない者がこれを受け取ることは大変な罪であります。修行をしてもいないのに修行者と名乗り、応供(おうぐ)といって供(く)に応じることは最も恥ずかしく愚かで悪道に落ちる原因となります。所謂似非僧侶には気をつけて頂きたいと存じます。

ここでは食を受け取る順番や中身には一切頓着することなく、供養者に対して平滑に扱うこと、すなわち褒めたり罵ったりしないことが強調されております。現代でも仏家には布施を受け取るときの態度として慇懃(人に接する物腰が丁寧で礼儀正しいこと。)であることが伝えられております。

布施する側にしてみればもっとペコペコと頭を下げてほしい、もっと感謝してほしいなどと思われる方もいるかもしれません。また受け取る側はなんだこれっぽっちかと憤慨する輩がいないとも限りません。慇懃無礼な奴だとか、僧侶を何だと思っているのかなどと考え違いも甚だしいものがあります。それを予め見越した本詩であると思えてなりません。

他人から与えられたもので生活し、[容器の]上の部分からの食物、中ほどからの食物、残りの食物を得ても、(食を与えてくれた人を)ほめることもなく、またおとしめて罵ることもないならば、諸々の賢者は、かれを<聖者>であると知る。