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スッタニパータ492

第三 大いなる章

〈5.マーガ〉

492 一切の結び・縛めから解き放たれ、みずから慎しみ、解脱し、苦しみなく、欲求のない人々がいる。──そのような人々にこそ適当な時に供物をささげよ。──バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。

中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた

今日は昨日の解説を参照して下さい。前の詩句と同じく「解脱の人」を説かれた類まれな表現です。これ以上簡潔にはできません。一切から解放された人が、自らを慎み解脱しました。それはもう苦しみもなく求めることもない静かな境地であります。「一切の結び」とはいわゆる縁のことです。関係性といってもいいでしょう。また「縛め」とは束縛です。逃れられない義理とか捨てられない人情といってもいいでしょう。これらから解き放たれるというのは、具体的にイメージできないかもしれません。はっきり言います。自分が死ぬことと同じです。生きながら死ぬということです。どこにも属さない、戸籍も、住所も無くなるようなものです。もう何の憂いも無くなる。完全に解放されるのであります。

解脱

解脱というのは完全な死であり、完全な生であります。不死不生。二度と生まれることもなく故にもう二度と死なない。二度と生まれ変わらない。換言すれば解脱できないということは、また縁をもって生れてくる、故にまた愛する人々と別れなければならないということです。これほどの苦しみはありません。最も愛する人、己とも別れなければならない。そういう苦しみです。もうゴメンだと心底思うのであれば、いっそのこと解脱を目指しましょう。今生で解脱できるかどうかは保証できませんが、得度の因縁は必ず成就します。来生には、再来生には、解脱できるかもしれません。夢のような話と思われるかもしれません。それでいいでしょう。自分には関係ない話と思われるかもしれません。それでいいでしょう。生まれ変わりたいと思う人もいます。どんな生まれ変わりかも知らないで。悲しみが好きな人にとっては、悲しみを嫌う人であっても、悲しみを予測できません。人は知らないから予測できないから適当に将来に憧れるのです。もうこれ以上は申しません。

良寛さん最后の言葉は死にとうない(月路)

裏を見せ表を見せて散る紅葉。散る桜残る桜も散る桜。数々の歌や句を残された良寛さんは曹洞宗の僧侶でした。今でも人気のある良寛さんですが、その最后の言葉は「死にとうない」であったと言われております。事実かどうか今となっては確かめようもありませんが、まことに正直な最后の言葉であると思います。それゆえ良寛さんが好きです。お坊さん臭きことが大嫌い。誰だって死にたくはありません。未練とかそういうものではなくて、人々と別れることがつらい。死ぬということは別れることです。もう二度と会えないほど辛いものはありません。死にたくない。最後まで正直な良寛さんのようでありたいと、ふと思いました。

一切の結び・縛めから解き放たれ、みずから慎しみ、解脱し、苦しみなく、欲求のない人々がいる。──そのような人々にこそ適当な時に供物をささげよ。──バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。