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スッタニパータ408

第三 大いなる章

〈1.出家〉

408 目ざめた人(ブッダ)はマガダ国の(首都)・山に囲まれた王舎城に行った。すぐれた相好(そうごう)にみちた(目ざめた)人は托鉢のためにそこへ赴いたのである。

中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた
王舎城――Rājagaha.王舎城は、当時の中インドにあったマガダ国の首都であった。Rājaは「王」、gahaは「舎(いえ)」という意味である。いまはラージギルRajgirと呼ばれている。ビハール州の首府パトナから約60マイル東南にある。まわりは、中インドには珍しく連山に囲まれ、連山の頂きに城壁を築いていた。敵を防ぐには屈強の土地であった。現在この首都のあとは無人の廃墟となり、灌木の藪が茂っている。稀に虎が出没することがあるという。城壁の残骸は現在なお残存している。


すぐれた相好――この表現によって、この最古の詩句といえども、すでにゴータマ・ブッダを神化・理想化する方向に進んでいたことがわかる。第一〇一九、一〇二一、一〇二二詩参照。

ここで、ブッダは単数形で示されている。しかしその事実は、他に幾人でもブッダが存在し得ることを妨げない。それは、ちょうど特定個人を指して「博士は……」という場合があるようなものである。

ここに描かれているゴータマは、詩の文句ならびに註釈の文から見ると、成道以前の釈尊であるらしい。ここでさとりを開く前のゴータマが問題とされているならば、かれをボーディサッタと呼ばないで、ブッダと呼んでいることは、矛盾しているように思われる。恐らくここではブッダとは単に「めざめた人」というほどの意味しかなかったのであろう。それは真理に向う人でもありうる。リス・デヴィッズは、これはキリスト教でいう「回心せる人」(converted)に相当するという。また初期においてはボーディサッタ(仏たるべき人)をブッダから峻別していなかったのであろう。総じて最初期の仏教ならびに当時の諸宗教においては〈ブッダ〉とは特別の偉い人を意味するのではなくて、修行者一般の呼び名であった。それがここにも反映しているのである。

以上註記より抜粋して引用した。

現在の潮流をみると、上座部仏教では「ブッダ」をゴータマ・ブッダ(釈尊)一人としております。それに対し大乗仏教では釈尊以外にも無数の仏陀が存在するとしており、菩薩(菩提薩埵・ボーディサッタ)は仏陀となる前の段階と位置づけているのですが、これも上座部ではゴータマ・ブッダの前世を菩薩としています。どちらが本来の意味であるかは明らかでありましょう。

日本人が亡くなった人を「仏(ほとけ)」と呼ぶのは間違いであると指摘される専門家は多いと思います。しかしながら、あながち完全に間違っているとは言い切れません。なぜなら得度をすれば仏子(ぶっし)と呼ばれ、全ての人が本来仏性を具えているという天台の本覚思想からすれば、それこそ目覚めていないだけでありますし、真言宗の弘法大師(空海)の即身成仏は、その身そのままで仏となることを説かれているわけですから、仏門に帰依したものを「仏」と呼ぶのは、平安時代からの日本の伝統であります。

仏という文字は、本来「佛」と書きます。この人偏をさんずいに替えれば「沸」ですね。ですから「佛」は人間が沸騰したようなものです。もちろん佛はブッダの音写でありますから、元来そこに何の意味もないのですが、うまい字を当てたものです。漢字というものは文字なのですが、一つの手がかりを与えてくれ多くの示唆に富むものです。含意というのでしょうか、佛という文字一つとってみても、先人の思いが伝わってくるものです。

観音経(妙法蓮華経観世音菩薩普門品偈)に「佛子何因縁 名為観世音……」という問いかけがあります。佛子はどういう縁で観世音菩薩と呼ばれるのですか?と無盡意菩薩が世尊(ブッダ釈尊)に尋ねます。それに対する答えが観音経のテーマなのですが、一言であらわせば「汝聴観音行」であります。「自分が観音を行じなさい」というのです。「衆生の声を聴きなさい」そうすればやるべきことが見えてきます、と。

初雪や 釈迦牟尼仏の 声が降る

衆生済度(しゅじょうさいど)の発願(ほつがん)をもって、人々に向うこと。これが佛の姿であります。人は皆、佛であります。そう思えば合掌するのは当り前です。合掌している姿はそのままで菩薩の姿であり、佛は自分が佛だとも思わない。なぜなら魚が水の中にいて水を求めないようなものであります。人間は佛の世界にいながら佛を求める。目覚めるというのは夢から覚めることです。妄想に酔っていないで、その酔いから覚める。明らかに知るべきです。誰が佛であるかを。若き佛たちよ。

目ざめた人(ブッダ)はマガダ国の(首都)・山に囲まれた王舎城に行った。すぐれた相好にみちた(目ざめた)人は托鉢のためにそこへ赴いたのである。

スッタニパータ407

第三 大いなる章

〈1.出家〉

407 出家されたのちには、身による悪行をはなれた。ことばによる悪行をもすてて、生活をすっかり清められた。

中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた

昨日述べましたように、在家のままでは修行は困難といえます。身による悪行、言葉による悪行、さまざまな誘惑、しがらみ。生活を清浄なものに切り替えることなど、まことに困難な道です。

では出家に踏み切れるかといえば、これもまた困難な場合が多いものです。自己の事情のみならず、家族をはじめとする人間関係や仕事の上で、容易に出家など口にさえ出来ないことでありましょう。

以前、本質的には出家と在家の二択しかないと申しました。ところが前例がありました。たとえば親鸞上人は自らを「非僧非俗」と位置づけました。半僧半俗ではありません。あくまでも僧に非ず、俗に非ずというスタンスです。お坊さん臭くない、俗っぽくないという軽いノリではありません。徹底して「非僧非俗」に徹しきられたものと拝察いたします。

このブログを続けながら申し上げるのも変ですが、わたし自身、あまり綺麗事が好きではありません。良いとか悪いとかではなくて、どうも綺麗事が多すぎる。好かんのです。もっと自分に正直でありたい。俗に居て俗に染まらぬ道はないものかと本気で考えています。

言い訳のようで見苦しいかもしれませんが、野伏(のぶし)という言葉をご存知でしょうか。野武士と同じ読みですが、意味は文字通り「野に伏せる(臥せる)」家を持たない暮らしであります。また山伏(やまぶし)と同じ修行者の意味もあります。

山に篭って仙人のように生きるのも結構ですが、わたしには無理です。何もならないとまでは申し上げませんが、それは多くの人々を導く道ではありません。聖道というのは、自己の修行の期間ばかりではありません。ブッダ釈尊は六年間誰よりも厳しい修行を行ってのち悟りを開かれました。独り悟りを得たのではなく、悟りを開かれたのであります。成道と申しております。まさしく道を完成されたのです。道路が完成したのですから、私たちはそこを通ればいいのです。

聖道は聖(ひじり)の道です。成道後の釈尊は終生人々と関わり続けたのであります。人々の暮らしぶり、世の現状をつぶさに見ながら、真理を説かれ続けました。法施と申しますが、野に在って流浪の旅ともいえる道、自らが切り開かれた仏道を歩み続けたのであります。一箇所に留まらず、行住坐臥を聖として過ごされました。

身の出家在家にこだわらず、心の出家などと気取らず、淡々とわだかまりなく生きる。野武士のような気楽さで、野伏(のぶし・のぶせ)として生きる。スタイルはどうあれ、一事を貫く。それが念仏であれ唱題であれ坐禅であれ、全ては同じことです。衆生済度。このことさえ忘れなければ、釈迦牟尼仏は、どこにいても己の心の中におわします。

修証義の最後の言葉。「謂(いわ)ゆる諸仏とは釈迦牟尼仏なり、釈迦牟尼仏是れ即心是仏(そくしんぜぶつ)なり、過去現在未来の諸仏、共に仏と成る時は必ず釈迦牟尼仏と成るなり、是れ即心是仏なり、即心是仏というは誰(たれ)というぞと審細(しんさい)に参究すべし、正に仏恩を報ずるにてあらん。」

「なにごとの おはしますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる」  西行法師が伊勢神宮で詠んだとされる和歌ですが、日本人なら誰もが納得の宗教観ですね。一介の野伏にもブッダ釈尊が生きておられることを誠に忝なく存ずる次第であります。

出家されたのちには、身による悪行をはなれた。ことばによる悪行をもすてて、生活をすっかり清められた。