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スッタニパータ436

第三 大いなる章

〈2.つとめはげむこと〉

436 汝の第一の軍隊は欲望であり、第二の軍隊は嫌悪であり、第三の軍隊は飢渇であり、第四の軍隊は妄執といわれる。

中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた
嫌悪――原文にはaratiとあるが、パーリ原典協会のパーリ語辞典の解釈に従う。註にはadhikusalesu dhammesu arati=abhiratiと解す。

第四の軍隊としての「妄執」(taṇhā)の原語はもともと渇を意味するが、ここでは第三の軍隊を「飢渇」(khuppipāsā)と呼んでいるから、taṇhāと「渇」(pipāsā)とは別の概念である。taṇhāは人間存在の奥にある意識下の、衝動的なものであるが、pipāsāは生理的な概念である。

以上註記より抜粋して引用した。

つぎの詩句では、ものうさ・睡眠、恐怖、疑惑、見せかけ・強情、さらには利得・名声・尊敬・名誉、また自己を褒め讃え他人を軽蔑すること、と続きます。これらはナムチの軍勢であると喝破されるのであります。いかがでしょうか。なにも言えません。人間に巣食う本質にみごとに迫っています。これはブッダが発見されたものではありません。だれにでもある人間性ですし、ブッダ自身のなかに存在していたものです。それを明確にされた。よく勘違いしてしまう態度に、自分はそうではない、人々がそうだという奢りがだれにでもあるものです。その部分が一番大事で、哲学的に本質を見定めることが目的ではありません。現実に、これらの軍勢を打ち破らなければ、解脱など遠い夢のような話で自分には全く関係ないことになってしまいます。

まず今日は、第一から第四の軍勢を肝に銘じておきたいものです。欲望が第一です。全ては欲望に帰一します。全部自己の欲望から派生したものばかりです。だれでも自分が一番大事です。それを一言でいってしまえば、「欲望」なのです。この欲望をしっかり見つめることから始めたいものです。ついで嫌悪。自分が可愛いゆえの嫌悪、人の欠点が見えてしまう、嫌だと思うことです。これについては他人の悪口をいうのが証拠でしょう。胸が痛みます。さらに飢渇。飢えと渇き。腹が減った、喉がかわいた。なんでもないことのようですが、食べ物、飲み物によって自分の身体が出来ています。口にするものが人間を維持しているのですが、これに貪欲であるとどうなるか。結果は歴然としております。少欲知足。足るを知らなければ、大変なことが待っています。ときには断食をすることも必要かもしれません。そして妄執。妄想と執著。この大軍勢は難敵です。この妄執が生え抜きの精鋭部隊ですから、ここまでであっさりと陥落してしまいます。

餅が割れ 鏡開きぞ 何しとる (月路)

正月もはや半ば。時は急流。もろい筏にのって竿をさしておりますと、転覆どころか筏ごとバラバラになってしまいそうです。年末にやり残したことを、まあいいやとそのままにしておいたつけが、いつやってくるかとハラハラしながら目移りばかり。困ったものです。何かに集中していると、これは後でいいや、放おっておこうと思い、事実そのままにしておく。悪い性格が最近もろに出ています。反省と謝罪。どこかの国のようですが、これも欲望ですね。第一の軍勢だけで充分です。わたしを倒すのは。今日はここまで、また明日。

汝の第一の軍隊は欲望であり、第二の軍隊は嫌悪であり、第三の軍隊は飢渇であり、第四の軍隊は妄執といわれる。