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スッタニパータ421

第三 大いなる章

〈1.出家〉

421 象の群を先頭とする精鋭な軍隊を整えて、わたしはあなたに財を与えよう。それを享受なさい。わたしはあなたの生れを問う。これを告げなさい。」

中村 元「ブッダのことば スッタニパータ」より


自分から見た合掌の絵
合掌はブッダのすがた
ビンビサーラ王の申し出は注目すべきである。マガダ国は、北方にあるヴァイシャーリー国(ヴァッジ族)やコーサラ国と争って、戦争をひき起したことがある。シャカ(Sākiya 釈迦)族はさらに北方に位置しているので、ビンビサーラ王がシャカ族の王子(釈尊)に対して軍事援助と経済援助とを申し出て、南北両方面から諸国を挟み打ちにしようとしたのである。この詩の文句の裏には、そういう意図が潜んでいる。

ところがゴータマはこの申し出を拒絶した。かれは世俗の世界を出て、出家修行者となっていたからである。いかなる説得もかれの決心を翻えさせることができなかった。

以上註記より引用した。

いよいよ本編のクライマックスが近づきました。じつはビンビサーラ王は、この修行者ゴータマの出自を知っていたのです。知っていながら問うのは調略の常套手段でありましょう。部下と予算を与えるから我が配下となりなさいと思惑を持って迫るのであります。まるで戦国時代の策略に似た申し出にブッダは毅然とその申し出を拒絶するのですが、その拒絶の態度が王の心を強く打ちます。

この節のテーマは「出家」であります。出家したものに還俗して武士とならないかというのですから、無謀というか無理強いでありますが、よくあることでもあります。来年のNHKの大河ドラマは「井伊直虎」ですが、彼女は女の身でありながら尼僧ではなく男僧(なんそう)として出家しています。それで還俗できた。つまり尼僧は還俗できないのですが、古来より現在でも事情があれば比較的簡単に還俗は認められます。わたしだって還俗しようと思えば、いつでも出来ます。それはともかく、「出家の覚悟」というものは、いったいどれほどのものであるかが問われているのです。

なぜ出家したのかという「発心」の原点が、これから釈尊の言葉として説かれます。ここに仏教の仏教たる所以が明示されるのです。否、決して還俗してはならない理由がここにあります。この原点を忘れてしまっては、二度と立ち上がれないほどの苦悩を味わうことになります。それほど重要なことのために、この長々とした前置きがあるとさえ思います。単に申し出を拒絶しただけではなく、ビンビサーラ王をして、仏教に恭順せしめた「ある理由」とは何か。それがこのお経の核心であります。こう書けば明日の詩句は絶対に見逃せませんでしょう。誰にとっても、これからの人生を生き抜く上で欠かすことができない基本的な命題であると申し上げておきましょう。

出家とは かくあるものと 餅をつき (月路)

お正月の餅や門松、しめ縄の準備を始めました。昨日は総代さんたちが山に入って松や竹を切り寺に持ってきてくださいました。餅は餅屋さんに頼みました。お供えの果物やお菓子も揃ってまいりました。ここでは松竹梅を束ねて門松にするとかで、梅はどうするのか知りませんが小枝を切る他ないでしょうね。果たして正月は無事迎えることができるやら。気がかりは老僧の容態ですが、こればかりは如何ともなりません。人の寿命というものは誰にもわかりません。年齢や境遇に関わりなく、命は大自然の摂理によって定められるものと承知いたしております。

世の中では、全身全霊ということをよく言うけれど、その時その時のできることを成し遂げていったらいいんや」北海道の中央寺に赴かれたときの宮崎禅師の言葉です。身体に不安を抱えながらも、いそいそとしておられる勇気に満ちたお姿であったことでしょう。

象の群を先頭とする精鋭な軍隊を整えて、わたしはあなたに財を与えよう。それを享受なさい。わたしはあなたの生れを問う。これを告げなさい。」